純な、恋。そして、愛でした。
けれども今はそんな反抗をする気力も体力もない。
視線を集めながら席まで歩くと、だらしなく椅子に座ってそそくさと顔を腕に沈めた。
窓が開いていることが唯一の救いだった。
生ぬるくても、風が頬に当たるだけで全然違う。
「志乃が謝ったよ」
「ははは、遅刻してやんの~」
先生の話は耳に届かないのに、それより遥に小さいクラスメイトひそひそとした話し声やクスクスとした空気みたいな笑い声の方が嫌に耳についた。
機嫌がすこぶる悪いのが自分でわかる。苛々が身体の奥底で噴火寸前のマグマのように煮え滾っている。
普段ならきっと笑ってそのおちょくりにも対応できた。
でも今は無理。優しくできない。
右膝を細かく振動させるように動かした。
あからさまに無視して心のまま、態度に出すと私に向けられていた声は止んだ。
吐きそう。意地でも吐かないけど。
ホームルームが終わってざわつく教室内。私は日直の号令に立ち上がることが出来ずに今もうずくまっていた。目を閉じていても目がぐるぐる回っているのがわかる。
今日は過去最大でまずい日かもしれない。冷や汗が背中を伝う感覚がするし、息ひとつするのも体力をかなり消耗しているようだ。
「おい」
頭上でした声は一昨日の彼の声によく似ていた。これやるよって言ったあの声。
「……なに」
いや、似ているのではない。彼なのだ。顔を上げると黒野くんが私のすぐ右側にいた。
「大丈夫かよ」
「へーき、へーき」
にへらと笑って再び顔を伏せた。
手をひらひらと動かして彼を遠ざけようとした。
すると机になにか置かれたような小さな振動を感じ取る。後ろの椅子が音を立てた。
数舜の間を空けて目線を上向けると、そこにはピンクと白のパッケージが印象的な苺ミルクがあった。
触れると冷えていて、夏の残り香がするこの朝にまだ汗をかいた素振りのないそれはたった今購入したことを証明していた。わざわざ買って来てくれたのだろうか。
まばたきを繰り返して口を開く。
「……また自販機のボタン押し間違えたの?」
「バカか」
優しさが、滲む。心に溶けて、同化していく。その部分からじんわり温かくなっていく。そのような感覚があった。
飲む気にはなれなかったのだけれど、ひんやりとしたそれを項に当てると幾分か気持ちよくなって、口元から笑みがこぼれる。
「……ありがとう」
呟いたか細い声は後ろの彼に届いたのかは定かじゃなった。でもだらしなく震えていた。
他人からの優しさに、泣きそうになるだなんて、どうにかしている。
こんな気持ち、初めてだ。