純な、恋。そして、愛でした。
感情がどっと溢れて喉もとでつっかえたように言葉が滞る。
泣きそうになっているのは他に付き合ってる人がいるからじゃない。
抱え込んでいた感情が怒りとなって渦巻いていて涙腺を間違って刺激しているだけ。
私はここ一週間ほど、死ぬほど悩んでいたというのに、この男はまったく腹立たしい。
でも私が従妹にされたってことは本命はあっちの彼女だってことは容易にわかった。そこまでバカな女じゃない。
今すぐにでも殴ってやりたい気持ちは捨てた。殴ったあとの拳の痛みを想像して、こんな最低なやつのために痛い思いをしたくはなかった。
その痛みが長引いたりしたら最悪だし。痛むたびに怒り狂わなければならない。
「冗談だろ?」
「冗談でそんなこと言うと思う?」
「そんな嘘ついてまで俺を繋ぎとめておきたいわけ?」
「は?」
「志乃にそこまで惚れられてたとは思わなかった」
鼻にかけた言い方をする彼を見て、私は呆れかえるように頭の中でクエスチョンマークだけが浮かぶ。
なにを言っているんだろう、この人。
嘘? そんなわけないだろ。
「もう家に来ないで、迷惑だから」
「あ、ちょ……っ」
私の制御を無視し、家の中に入って行ってしまった彼。目の前で無残に音を立てて閉ったドアは、関係を完全にシャットアウトされた合図のようだった。
嘘でしょう……? これから私、ひとりでどうしたらいいの……?
お腹の子、抱えて、どう生きろと……?
絶望感に打ちひしがれるように立ちすくむ。
そしておもむろに制服のプリーツスカートの上から下腹あたりを撫でた。
無心で、どうしようもなくて、お腹を撫で続ける。
そして数分の時が過ぎてその場からようやく離れることができた。
頭の芯がぼうっとする。このままどこか遠くへ行ってしまおうか。誰もいない場所へ。
アスファルトを踏みしめる力も、もうない。
おぼつかない足取りで進むしかなくて、ふらふらと紆余曲折といった風に歩む。
赤ちゃんのために転ぶわけにはいかないと、それだけを心の軸にした。
しばらく行くと線路の前の遮断機がけたたましい音を響かせて降りてきた。
赤い点滅と耳につく音に心が追い詰められていく感覚になる。
このまま線路内に入ったら、私は死ぬのだろうか。いや間違いなく死ぬだろうな。
「…………」
黄色と黒が交互に装飾された棒を手でつかむと下をくぐり抜けた。
暗闇の中で私は口角を無理やりあげた。
ごめんね。まだ会ったことのないお腹の中の君、本当にごめん。母親がこんなやつでごめんね。君を産んであげられなくてごめん。
親も子も、互いに互いを選べないのだと誰かが謳っていたが、その通りだと本気で思う。君は私じゃない、他の誰かのところへ行くべきだったね。
そしたら宿ったとわかったときすぐに喜んであげられた。名前はどうしようとか、性別はどっちだろうとか、幸せなことで悩んであげられた。
産むか、産まないかとか、そんな酷いことばかりを考えている私のところに宿って不幸だなってそう思うでしょう。
私が恋をして、愛を知っていたのなら、きっとどっちに似ているだろうって君のお父さんとワクワクもできたのだろうね。