純な、恋。そして、愛でした。
そこまで考えて、黒野くんの顔が頭に浮かんだ。なんでこのタイミングで彼のことを思い出すんだろう私。
あんなに軽蔑されて、拒絶されたのに。そうされて、当たり前なのだけど。
ふと伏せていた目を上げて前を見ると、そこには、
「っ、黒野くん……?」
彼が、いた。強い風が私の髪を激しく捲し立て、制服を揺らした。一瞬幻を見たのかと思った。
だけど彼は確かにそこにいて、切れ長の目を大きく見開いていた。
涙が溢れて、私はそれでも彼に最後に笑いかけた。
――ごめんなさい、本当に。
精いっぱいの謝罪を胸に瞼を閉じた。右方からは電車のヘッドライトの明かりが猛スピードで近づいて来ていた。きっともう私は……。
「……っ――」
死を覚悟した私に想像していた衝撃は来なかった。代わりに、左手首に力強い温もりがあった。
地面に倒れこむと隣に同じように倒れこんだ黒野くんと、その奥で踏切内を電車が横切る瞬間を見た。
「バカかお前!」
「……っ……」
「死んで終わりか⁉ お腹の子と死んで、それで解決すると本気で思ってんのか⁉」
怒鳴られて表情を見ても心から怒られているのがわかる、でも、繋がれてある手を彼は放そうとはしない。それどころか強く握り直してくれた。私は嘘みたいに涙が止まらない。
「だって、もう……っ、どうしたいいのかわかんないんだよ……っ」
「…………」
だけど、本当の、本当は、違うの。
全然違うの。
私の本音は別のところにある。
「死にたくない。死なせたくなんかない……っ!」
本当は守りたい。産んでやりたい。ずっとひとりだった。家族はお父さんが死んでからいなくなった。だから、この子ができた時、本当は嬉しかったの。だけど。
「でも、私は守り方がわからない。愛し方がわからない」
わからないことだらけで、どうしたらいいのかわからなかった。
苦しんでいたのは望んでいない命の誕生なんかじゃなくて、この子を守りたいのに、ひとりじゃ無理なのだと自覚していたからだった。
全部、本当はわかっていた。
守りたいのに、守れない命。その狭間で私は苦しんでいたこと。
きっと私が大人で、経済力があって、子供を今すぐにでも迎え入れることのできる、できた人間だったら喜んであげられた。
そうじゃない非力な子供だと自覚していたからこそ、本当は愛でたい命なのに、酷い思考ばかり巡らせていた。
子供に子供が産めるわけないと、自分の限界を知っていて、でもどうにかしたいと心の奥底の感情を後回しにして現実を見ていた。
本心は、違うところにあるのに。
「……いいか、望まれてないのに生まれちまった子どもは一生苦しむんだ」
言いながら苦しそうに顔を歪ませるのは黒野くんだった。
「…………」
「お前はその命、どうしたいんだよ」