純な、恋。そして、愛でした。
目に映る情景すら穏やかな色彩に塗り替えられている。昨日と今日でまるで違う。
しばらく流れる景色に目を落としていると降りるべき駅に到着して私は下車した。その際、先ほどの妊婦さんに一瞥をもらったので私も会釈を返した。
今の自分を一言で表すなら生まれ変わった気分で間違いない。
踏み出す一歩がとても軽やかで弾む。地面が柔らかくなったんじゃないかと錯覚するほど。
緊張感がまったくなく頬が緩んでしょうがない。それでも変人だと思われたくなくて、ぐっと力を込めた。
登校して来ている生徒に紛れて学校の校門を抜ける。ふと前方を見ると見覚えのある背中を発見した。高い身長、さらさらな黒髪、あのだらしのない歩き方は間違いない。
「黒野くんっ、おはよ」
呼んで駆け寄ると背中に触れた。
振り向いた黒野くんの固い表情が少し解けたのを確認した。
「……はよ」
「へへへ」
返された挨拶に笑みがこぼれる。
同時に得体の知れないどっと温かいものも心に溢れた。
「は、気持ちわる」
「ひどーい」
「…………」
わざとらしい冷めた目で私を見てくる彼。でも私にはもう判別できる。本気なのか、そうじゃないのか、わかる。
そのまま二人肩を並べて歩くと昇降口に真っ直ぐ向かった。
「そういや、これ」
「なにこれ……?」
下駄箱から上履きを取り出した私に黒野くんがおもむろに紙袋を差し出した。
首を傾げて受け取ると彼が「野菜のムース」と言った。
「作ってきてくれたの?」
「いつも昼まともなの食べてないから。それじゃ栄養も偏るし……身体もたないだろ」
「……ありがとう」
唖然として、感謝を述べた。紙袋の中身を透視するかのようにじっと見る。
まさかここまで気にかけてくれるなんて、黒野くんは本当にいい人なのかもしれない。
どんどんあの最悪だった最初の印象が崩れていく。
顔は愛想ないし、眉間に皺は寄りがちだけれど、時々見せる緩んだ表情は珍しくて目を瞠るものがある。
はっきりと笑った顔はまだ見られてないけれど、いつか見られたらいいなと思う。
「なんで黒野っちと一緒の登校なわけ⁉」
教室にふたりでやって来た私たちを見て楓が勢いよく駆け寄ってきた。
クラスメイトも物珍しそうな目線を向けてきているのを感じるし、気になるのか楓との会話も聞き耳立てられているのがわかる。
「別に、ばったり会っただけだし」