純な、恋。そして、愛でした。
下腹あたりに手を置いて話しかけてみたけれど、聞こえるわけないか。だってまだあんなに小さく、人間の形を成してなかったのに、私の言葉が理解できるわけない。
今私は、妊娠八週目、つまり三ヶ月目に入ったところ。手術できるのは妊娠二十二週目、つまり六ヶ月までだとあの担当してもらった女医に聞いた。それまでに私はどちらかに心を決めなければならい。
産むのか、産まないのか。
不安な気持ちを抱えたまま、私は再び目を閉じた。なかなか寝つけなくて、朝日が昇りはじめたのをカーテン越しに感じはじめた頃、ようやく眠りにつくことができた。
枕は少しだけ濡れていた。
アラームが鳴り、浅い眠りから覚める。洋服を脱いでお腹を見ても膨らみは感じられず、そのまま制服に袖を通した。
洗面台の前に立ち、化粧をして、長い髪をコテを使って軽く内巻きにした。もともと色素の薄い私の髪の毛は染めたら綺麗に色が入った。いろんな色を試したけれど、今はこのピンクアッシュに落ち着いた。
金髪っぽいけど、光があたると透けるようなピンクに見えるのがお気に入り。目は大きく二重で化粧映えするから申し分ないし、細い手足を見られては友達に「ちゃんと食べてんの?」と言われる。
これでもよく食べるほうだから、太りにくい体質に産んでくれた両親には感謝している。まあ、父親はもうこの世にはいないのだけれど。中学三年生の時に病気で亡くなった。末期の肝臓癌だった。
だから母親は朝から晩まで働いていて、家にはあまりいない。家族の時間なんて父が死んでから皆無だ。稼がなきゃ生きていけないことは承知のうえだが、お母さんはお父さんがいなくなったショックを忙しさで埋めているのだろう。それが手に取るように伝わってくる。
それに母は父が亡くなってから私を避けているように思える。
私が夜遊びを覚えて朝帰りをしても、怒られないのは、わざと目を背けられている気がしてならない。気づいていないふり。そうじゃなければ、ひとり娘が遊びほうけているのに放っておく理由を説明できない。
はっきり言って愛されていないのだと思う。
ばっちり支度を整えてリビングに行くと、テーブルの上に準備されてある朝ごはんを見た。母はもうすでに仕事に出かけているだろうから、ひとりで席について食べた。
食べる気分じゃなかったし、具合も悪かったけれど、食べなければという使命感に駆られた。何故かはわからない。
ほとんど残してしまったけれど、ごちそうさまをして家を出た。
「おはよ、志乃」
「あ、おはよー、楓」
学校の昇降口でローファーから上靴に履き替えていると後から一番仲のいい友達である坂東楓(ばんどうかえで)がやって来た。
夏休みの間、楓とは遊んでばかりいたから久しぶりっていう感覚はない。
楓が上靴に履き替えるのを待って、ふたりで教室に向かった。
長かった休みが明けて、浮足立つみんなの表情。私は、こんなに悩んでいるというのに。隣で歩きながらスマホを器用に扱う友だちを見る。彼女に、妊娠したことを打ち明けたら、なんて言うのだろう。
高校生になってから仲良くなったから、友だち歴はもう一年半。これが長いのか短いのかは私には判断できない。中学の時も友達はたくさんいたけれど、今でも連絡を取り合う特別仲良しな友達はいない。