純な、恋。そして、愛でした。
なにも考えずに、ただじいっと見ていたから「なに?」と聞かれ、「別に」としか答えることができなかった。
「おはよ~」
「うぃーっす」
乗りのいい男子や女子たちが教室に入って来た私たちに気づいて手を挙げたり声をかけてくれる。
気分の乗らない私はそれに適当に答えてから窓際の一番後ろという誰もが羨む席に着こうとして、あることに気づく。
一学期にはなかった席が、私の席の後ろにひとつ不自然におかれていた。なんだこれ。
それを尻目に席につくと、かばんを机の横にかけて机に突っ伏したようにうずくまる。どうでもいいや、そんなこと。
「あり?二学期早々、志乃ちゃん不機嫌な日?」
「さあ、女子の日じゃない?」
「ああね、なるほど」
聞こえてきた楓とクラスメイトたちの会話に突っ込む気にもなれなかった。
違う。妊娠してるんだから、女の子の日なわけない。そんなの、あり得ない。
私だっていつもは嫌いなものだけれど、来ればいいって何度も願った。けれど、予定日を過ぎてもやって来なかったそれに不安になって検査薬を試したんだ。ひとりで。
結果は陽性だった。それをトイレで見て言葉を失った。だけどなにかの間違いかもしれない、もしかしたら私の検査の仕方が間違っていたのかもしれない。
そんなすがるような想いで病院に行ったら、ちゃんとした診断が出てしまったのは昨日のこと。もう言い逃れはできないことを悟った瞬間。
私は高校生の身でありながら、妊娠してしまったのだと。
けれど、だんだんイライラしてくる。なんで私だったんだろう。子どもなんて、まだいらないというのに。
こんなことを考えるなんて、最低なことだってわかっている。子どもができるような行為をしておいて、身勝手なことを考えていることも理解している。
だけど理屈じゃなくて、そういう思いが沸いて出てきてしまうんだ。そんな自分にも嫌悪感がしてしょうがない。
彼氏のことが心から好きだったら、なにか違ったのだろうか。こんなに不安にならずに、彼氏と新しい命に祝杯をあげて、今後のことについて話せたのかな。
想像できても、現実は違う。違うのだ。
これからのことなんてまるで見えないし、考えられない。
私は彼が好きじゃない。愛していない。
恋なんて、まるで知らないのに。人を好きになることがどういうことか、わからない。愛することも、愛されることも、私はできないのに、子ども?
--キーンコーンカーンコーン。
鳴り響くチャイムにみんながゆっくり席に着く。この学校の雰囲気を感じるのは久しぶりだ。担任が教室に入って来た音がして、普通なら静かになるところなのに、みんなの声がいきなり騒がしくなる。
「えっ、転校生⁉」
そんな声が聞こえてむくっと顔をあげる。
教卓の横には担任の他にひとりの少年が立っていた。
綺麗な黒髪、整った鼻筋。力ない、伏し目がちな瞳は、この前雑誌で見た黒真珠のように綺麗。身長も高く、百八十はあるだろうか。
「よーし、みんな静かにしろー。転校生を紹介する」
担任がそう言って、黒板に“黒野陽介”とチョークを滑らせて書いた。
「黒野、陽介くんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」