純な、恋。そして、愛でした。
そうだと思いたい。そう思わなければ心がもたない。平常心でいられない。
「待てよ」
呼び止められても歩くスピードを緩めることはしなかった。そうするより意識して加速させていく。
「遅くなるといけないから嫌だよ」
「急にどうしたんだよ」
「別になんでもないって」
「そんなわけないだろ」
「……いいから、早く行こう」
「待てって、おい、志乃」
名前を呼ばれ、立ち止まる。寒くないのに震える身体、肩。雨も降っていないのに頬に流れる液体。笑って振り向くと黒野くんの瞳が揺らいだ。
「ずるいね、こんな時に初めて名前呼ぶなんて」
泣き虫は、一生治らないのかな。子どもを授かっても、強くはなれないのかな。心揺さぶる恋の感情なんか、さっさと捨てて、なんでもない顔で黒野くんの隣を歩きたいとそう思うのに。
どうしようもなく心が乱されている。
優しさが痛い。こうやって言葉をかけられていることも、何気なく心配されて送られていることも、知らない間に守られようとしていたことも。
どうしようもなく涙を誘うんだよ。黒野くん、君が好きだからだよ。全部、全部。
「もう、ここでいいから」
「いいわけないだろ。……俺、なんかした?」
「したよ。でも、黒野くんはなにも悪くないの、私が、いけないの」
勝手に好きになったのは私なのだから。たくさん優しくされた。助けてもらった。
初めて誰かを好きになった。でも私は、この、一生の宝物にしたくなる感情よりも、大切にしなければならない、大切にしたいものを手にしている。優先順位をつけなきゃいけない。
お腹の子を守れるのは私だけなのだから。母になるのに、オンナであることは許されない。
ごめんね。勝手に好きになって、勝手に泣いて、勝手に困らせて本当に申し訳なく思っているよ。
……だからそんな顔しないで欲しい。
傷ついたような、焦燥感を抱いたような、切ない顔。
ああなんか、鏡を見ているのかも。今私もそんな顔をしているのかもしれない。そんなことを、唐突にも思ってしまった。
「俺、お前のことは大事にしたいって思ってる。だから嫌な想いさせたならちゃんと謝りたいんだ」
「やめてよ、そんなの……」
勘違い、したくなる。
真剣な眼差しから逃げるように目線をずらした。