純な、恋。そして、愛でした。


もし今、この子をお腹から出したら、私は殺人者になるのだろうか。まだお腹の中にいるとはいえ、命、だもんね。まだお腹も膨らんでなくとも、そこにいるのはわかっているのだから。


だからといって、無責任に産むとは、簡単に言えない。


ああ、考えているだけで目眩がしてきた。気分がとても悪い。今すぐ柔らかいベッドにでも横たわりたい気持ちでいっぱい。


それでも保健室には行かずに、辛いのをぐっと堪えて、なんとか放課後までやり過ごすことができたのは私の意地だった。


でも正直しんどすぎて、今日一日どうしてこの時間まで過ごしていたのか覚えていない。


「じゃねっ、志乃、また明日!」

「……うん、ばいばい」


彼氏と用事があるらしい楓がご機嫌そうに教室を出て行くのを見送った。
さばさばしていて変に鋭い楓に悟られなかった自分の演技力を素直に褒めてやりたい。


彼氏のことで頭をいっぱいにしていることもあるのだろうけれど、でも、ちょっとゆっくりしよう。そう思って机の上でうずくまる。


いろんなこと、考えないようにしていても、どうしても考えてしまう。
体調が優れないのも、情緒不安定になるのも、お腹の中の小さな命が一生懸命“ここにいるよ”って伝えてきているみたいに感じる。
とても胸が痛い。爆発しそう。


いっそ、お腹の子と一緒に消えてしまえたら楽なのだろうか。


もともと自分の人生、謳歌できていたわけじゃない。ずっと言葉にならない悶々とした気持ちを抱えて生きていた。


母親の件だってそうだ。父親が死んで悲しかったのは私だって同じだった。なのに母は、仕事に打ち込んで娘のちょっとした変化にまったく気づかなくなった。


耳たぶに穴を空けてピアスをしても、髪の毛をこれでもかと明るくしても、もしかしたら気づいているのかもしれないけれど、なにも言われない。


もしかしたらお父さんが死んでから私は母に愛されなくなったのかもしれない。邪魔に、なったのかもしれない。父を思い出してしまうから消えてほしいとか、もしかしたら思われているかもしれない。


そう思うと目に見えないものなんて信じられなくなったし、自分の心の中から温かいものすべてが排除されてしまったんじゃないかと思ってしまうほど何事にも冷めてしまった。


彼氏との関係も薄っぺらいものだし。恋ではない。好きじゃ、ない。それらを知らないけど、そう言い切れる。


だって私は彼に興味が全然ない。たとえば彼がどんな幼少期を過ごし、どんな両親に育てられ、過去にどんな恋愛をしていたとか、知りたいとは思わない。


恋をしている楓たちみたいに、笑顔で彼氏の話を誰かにしたことなど、一度もない。


そんな相手の子供を授かっているのだ。不安にならないわけがない。不安の渦が心の中で暴れていて、本当にしんどい。


私、これからどうしたらいいの……。


涙がにじむ。目を閉じているのに、溢れそうになる。意地でも流すつもりはないけれど。


「……ん」


頭上からしたなにかを押しつけるかのようなその声。その声が耳に届いて、閉じていた目を開けた。


机、窓、揺れるカーテン、赤い空。視界に映るそれらを遮るように置かれた苺ミルクの紙パック。突っ伏せていた上体を起こして前を見るとそこには黒野陽介が立っていた。


鋭い視線に見下ろされ、萎縮する。


「やる。コーヒー牛乳買おうとしたら間違えて買っちまった」

「……は、はあ?」

「だから、自販機のボタン押し間違えたんだよ」


私の机の上に置かれてあるそれを指さしながら、彼は言った。眉間にシワを寄せて、険しい顔で苛々したように。


私はどうにも反応することができなくて、目の前の苺ミルクを見て、黒野陽介を見た。いや、まったく意味がわからん。


「いらねーの?」


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