副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
「……からかわないでください!」

 ジロリと彼を睨みつけるけれど、彼は笑みを噛み殺しながら「どうぞ」と私に先に降りるように促す。

 そして自身も降りると、彼はフッと薄笑みを浮かべてこちらを見つめた。

「からかってなんかない。ここが会社じゃなかったら、今すぐ君を俺でいっぱいにしたのに」

 小首を傾げた彼の纏められた髪が一筋垂れて、その揺れる瞳に影を落とす。

 激しく高ぶってくる熱が身体を覆ってしまう前に、私は逃げるように副社長室へと飛び込んだ。

 しかしドアを閉めてほっと息をつこうとした私の目に飛び込んできたのは、彼の机の前にある見慣れない後ろ姿。

 私に気付いたその人は、綺麗な長い黒髪を揺らしながら徐に振り返った。

「……千秋?」

 女性の儚げな声を聞いて、私の心臓はドクリと大きな音を立てる。

 この人、副社長の知り合い……?

 するとこちらを見つめ驚いたように口元に手を当てた彼女は、眉を下げて困ったように笑った。

「あら、すみません。……副社長さん、かと思って」

 そう言われてようやく意識が覚醒した私は、慌てて頭を下げる。
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