副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
 ……美穂子?

 彼がそう呟いた途端、私は胸が吹き荒れる木々のようにざわめくのを感じた。

 彼女は未だ呆然たる顔をしている副社長を見つけると、嬉しそうに息を弾ませながらこちらに駆け寄る。

「千秋、おかえり。久しぶりね」

 晴れやかな表情を浮かべる彼女は、彼を見上げて気恥ずかしそうに頬を染めた。

「美穂子お前、どうしてここにいるんだ?」

 彼は眉根を寄せて、気を張った厳しい口ぶりで彼女を見下ろす。けれど彼女はそんなことなど気にも留めていないようで、法悦の表情をさらに深くした。

 こんな彼は見たことがなくて、思わず私も戸惑ってしまう。

「おじさまに会いに来たのよ。それであなたも帰ってきてるって聞いたから寄ったの」

 それを聞いて目を細める彼は、喉を詰まらせたように表情を歪ませた。

 ふと我に返りお茶の準備をしようと給湯室へと足を進めるけれど、すぐに彼に呼び止められて私はその場に足を止める。

「いいから、ここにいろ……」

 彼は真っ直ぐにこちらを見据えていて、私はその切なげな視線に胸がギュッと締め付けられた。
< 151 / 196 >

この作品をシェア

pagetop