副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない

 引っ越してきた初日に彼から貰ったカードキーを手に、玄関のドアを押し開ける。

 パンプスを脱いでリビングに入ると、私は初めてここにきた日のように部屋を見渡した。

 あれから秘書室で仕事を済ませていると、急な会食の申し出があり、私は店や車などを手配して彼を見送り先に退社した。

 うちの会社はトラブルなどを防止するために秘書はほとんどの場合会食には同席しないことになっているのだけれど、今日ほどこの規則に安堵したことはない。

 彼は当たり前だけれど、突然の会食の申し出にも不満な顔ひとつせず了承していた。

 立場と責任に対する自覚を改めて見せつけられたような気がして、やはり彼は私なんかと一緒にいる人ではないと実感してしまった。

 この部屋で彼と過ごした時間が、嘘だったなんて思いたくない。

 ゆっくりと自室のドアを開けた私は、すぐに鼻腔を擽る甘い香りに胸を痛いほどに締め付けられた。

 彼がくれたアロマキャンドルを手に、今日まで彼がくれた言葉を思い返していく。
< 161 / 196 >

この作品をシェア

pagetop