副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
 彼女がたわいもない話をしてくているから、こうしていつも通りでいられるんだ。

 しばらく彼女の話を聞いたあと、ふと窓の外に視線を流し、知らぬ間に藍色に変わった空を見つめる。

 ……副社長、今、なにをしてるのかな?

 そんなことを思うと、胸が鈍く痛むのに、やはり同時に広がる熱が鼓動を早くさせた。

 出ていったならもういいやって、諦めてる? それともほんの少しでも、私を心配してくれているのかな?

 会いたい。顔が見たい。声が聞きたい。温かなあの腕に、抱き締められたい。

 けれど、次会うと最後になるかもしれないなら、私は二度と彼に会えなくてもいいとさえ思えた。

 矛盾だらけの自分に、思わず息が漏れる。私が睫毛を伏せると、彼女はそれを察したように声を上げた。

「あ、お湯入ったかも。明日奈、入ってきていいよ」

「うん、ありがとう。……じゃあ、お先にいただくね」

 重い腰を上げながら、マグカップを二つトレーに乗せて立ち上がる。

 すると突如鳴り響いたインターホンの音に、私はビクリと肩を跳ねさせた。
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