副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
「会社も、その近く?」

 スッとこちらに視線を流した彼。

 先ほどまでよりも低くなった声に、迫力を感じて思わず背筋はピンと伸びた。

「は、はい。そう、です」

 困惑気味に答えると、彼は「そうか……」と眉を寄せながら視線を前へと戻す。

 なに? なんか急に表情が変わったような……。もしかして、彼も近くに勤めているのだろうか? でもその表情を見ている限りでは、そんなに感じではないように思えるのだけれど。

 そっと横目に彼を見ると、その月明かりが似合う美しい横顔は、瞳を閉じ、口角を緩やかに上げて薄笑みを浮かべていた。

 えっ? 笑ってる……?

 理解が追いつかなくて小首を傾げていると、年配の男性の運転手さんの「じゃあ出発しますね」と言う柔らかな声がして、タクシーはゆっくりと動き出した。
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