副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
「それに君には、君の良いところがたくさんあるんじゃないかな?」

 小さく笑みを零す彼は、頭に置いていた手をさらりと頬に滑らせた。

 思わず睫毛を揺らすと、彼は心地良さそうに笑みを深くする。

「君を見ていると、本当にそう思う。これでも人を見る目だけは、結構自信あるんだ」

 彼は、まるで魔法をかけるかのように囁いた。

 不思議だ。なにも根拠は無いのに、彼の言葉はなぜか私の心を軽くする。

 優しく頬を撫でた彼の手が、胸の中の罪悪感をも連れて行ってしまった。

「ありがとう、ございます」

 頬に上る熱を悟られなかっただろうか。

 小さく呟いた声を聞いた彼は、「どういたしまして」と微笑んだ後、綺麗に姿勢を正して前へと視線を戻した。

 仕事を早める鼓動を落ち着かせようと、私は彼に気付かれぬようにそっと胸に手を置く。

 それから寮に着くまでの間、私も、彼も、口を開く事は無かった。
< 34 / 196 >

この作品をシェア

pagetop