副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
「ねぇ、あれからどうだったの?」

「ちょっと、先に言うことがあるんじゃないの?」

 わざとらしく大袈裟に息をつくと、彼女はイタズラに歯を見せながら両手を顔の前で合わせる。

「やっぱり怒ってた? ごめん! でも、あんなイケメンにおくってもらえる機会逃したら勿体ないと思って! まさか織田(おだ)さんが、あんなにかっこよかったとは……」

 「わかってたら私も最初から――」と腕組みをしながら遠くを見つめる彼女は、予想はしていたけれどまるで反省していないようだ。

 しかし彼女の口から自然と出たある単語に、私は意識を持っていかれる。

「あの人、織田さんっていうんだ……」

「えっ? 二人で帰ったのに、名前も聞かなかったの?」

 自己紹介のとき考え事を聞き逃してしまったとはいえ、名前を聞くのを忘れていた。

 いや、たとえ覚えていても後からなんて失礼で聞けなかっただろうけれど、正直それどころではなくて忘れてしまっていたという方が正しいと思う。
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