副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
「普段はしっかりしてるのに、珍しいわね。織田さんとなにかあったの?」

「なにかあるわけないじゃない。タクシーで家まで送ってもらって、それだけ。真希が期待してるようなことはなんにもないわよ」

 事実、タクシーが寮であるマンションの前で止まると、彼は一緒に降りて私が中へ入るまで見送ってくれていた。それだけだ。

 少し妖艶な笑みを浮かべながら『じゃあ、また』と小さく手を振っていたけれど、連絡先を聞かれたわけでもない。

 じゃあ、また、など社交辞令だ。合コンの失敗を取り戻すわけじゃないけれど、真に受けてなどいない。

 彼が頭や頬を撫でてきたり、甘い言葉を降らせてきたのも、次がないのをわかっていたからだろう。

 ……本音を言うとほんの少しだけ、少女漫画のような出会いに胸をときめかせてしまった。

 しかし、私ももう二十六歳の大人。昨日のことは、ひとときの夢の中の出来事だったんだと思うことにした。
< 37 / 196 >

この作品をシェア

pagetop