副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
 すると彼の部屋から物音がして、私は思わず彼が用意してくれたという部屋に逃げ込む。

 この家から逃げるならまだしもこんな距離で逃げても仕方がないのに、なにをやってるんだろう私。でもあんなことを言われたあとじゃ……どんな顔をして会えばいいのかわからない。

 今朝まで住んでいた家には、もう戻れない。それに人事部の人間まで彼の手の内なんだと思うと、新しい社宅を手配してもらうのは……絶望的だ。

 ふと真希の顔が頭を過ぎったけれど、目の前にあるたくさんのダンボール箱を見つめてガクリと肩を落とした。

 彼女がこの状況を知ったら、きっと手を叩いて喜ぶに違いない。

 それにここまで強引な手段を取る彼が、毎日仕事で顔を合わせていて逃がしてくれるとは到底思えなかった。

 ここは三ヶ月、大人しく彼と戦ってみるのが最善だと私なりに結論づけてみたのだけれど……正直乗り切れる自信は全くない。

 考えれば考えるほどため息が止まらなくなりそうなので、私は左右に大きく首を振った。

 今日は、どっと疲れた。

 とりあえず着替えようと、屍のようになった身体を引きずるようにして部屋の中を進む。

 リビング同様、広い部屋だなぁ。

 私のワンルームに置いてあった荷物が、すっぽり入っているのだからこの部屋も相当な広さだろう。
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