ストレイキャットの微笑
デザートにと頼んだ黒蜜ソースの杏仁豆腐に舌鼓を打ちながら、彼が最近見たという映画の話を聞いていると、そろそろ良い時間になった。
中華料理屋を出て、ゆったりとしたペースで繁華街を歩きお店へと向かう。伊藤さんと言葉を交わしながらも、私の耳に入る雑音が消えることはない。
客引きの声が途切れることのない、ガヤガヤと賑やかな街。偽物のネオンばかりが自己主張をして、本物の星の光は滲んで溶ける。
ここは新宿、歌舞伎町。
夜の闇に呑まれない、眠ることを知らない街。
高校を卒業してすぐの18歳の頃、私はこの世界に足を踏み入れた。お金を求めて、暗い闇の蔓延るこの世界に飛び込んだことに、後悔はしていない。
この世界で、私の本名を知っているのは店のオーナーと店長だけ。あの頃の、純粋だった私にはサヨナラを告げて、私はここで『サキ』として生きている。