天使と悪魔の子
宙の家を出て溜息を吐く。
彼が、悪いわけではないのだ。
責めたいわけではないのだ。
ただの、そう
八つ当たり
「本当に、行くんだね。」
久しぶりに聞く彼の声に頷いた。
『どこにいっていたの?』
「少し、あちらの世界から呼ばれてね。」
そう
要するに秘密ってことね。
『まぁいいや』
すっかり日の暮れた空を見上げ、私達は学校へ向かった。
何故学校かというと、全ての始まりの場所だから。
宙と出会ったのも、夕紀や日和、架と仲良くなれたのもそこがきっかけだった。
いつも通り机に突っ伏してしばらくしてから顔を上げ教室を見回す。
誰もいない。
これが普通だった。
なにも楽しいことなんてなかった。
寧ろ何が悲しいのか、嬉しいのか、興味すら湧かなかった。
『……』
決意を固め、立ち上がり振り返った。
思わず溜息が出そうになったがそれを引っこめる。
『いつからいたの?』
これは愚問か。
「……本当に、行くの?」
『行くに決まってる。』
頑なな私を見ても尚彼は止めようとする。
しかし、夕紀は違った。
「……俺はついていく。」
「夕紀!!お前わかってんのか?」
「あぁ、美影を失うことは決して許されない。
命を懸けて守るつもりだ。」
本当は犠牲にするなと宙同様に約束して欲しいところだが、今の状況では難しそうだ。
「それに、悔しいのは俺達も一緒だろ。」
夕紀が珍しくはっきりと自分の意志を表明し、宙は諦めたように髪を掻きあげた。
「……わかった。」
エルはそんな様子を見て私の足首を擽る。
『行こう』
夜になり鏡になった窓に手を伸ばす。
そこに何も唱えずに入った。
そこは現実とは反対の鏡の世界。
この前ザヘル達はもうひと段階なにか移動をしようとしていた。
二重構造なのかもしれない。
でもそんな簡単に行き来できるものなのか?
「美影、ちょっと待って。」
『まだ私を止める気?』
「その格好のまま行くと速攻囲まれる。」
……
確かに
私は厄介な髪の毛を撫でた。
宙は少し考える仕草をした後、何やらブツブツと唱えた。
すると地面が淡く光って私を包む。
え、なに
突然のことに動揺して目を瞑った。
「うん、これでいいかな。」
目を開けて自分を見る。
黒いドレス調のレースのワンピースに身を包み、先程結んだ髪の毛は下ろされ綺麗な紫色の毛に変わっていた。
「見えないだろうけど瞳はオレンジ色に変えておいた。金色に光ってもあまり分からないようにね。」
『このドレスは?』
「ちょっとしたプレゼントだよ。美影は……そうだな、リリイって名乗って。」
『リリイ?』
「あっちの世界では今の名前は相応しくないからね。俺の事はリューク、夕紀のことはアランって呼んでね。OK?」
『うん』
なかなか難しそうだがやるしかないか。
「俺はリリイと兄妹の設定で行く。」
そういうと宙は……いや、リュークは一瞬で髪の毛を私と同じ紫色に変え、黒い服に身を包んだ。
夕紀はというと元の透き通った白い肌とは対照的に肌の色を茶色くして髪の毛を銀色に変える。
『……別人みたい。』
「俺達はあちらの世界では顔がバレてるからね。これくらいしないと。」
私が密かに感心しているのを横目にエルは毛ずくろいをしている。
猫だということを貫くつもりらしい。
「さて、行こうか」
宙が自分の指を噛んで血を垂らす。
「“悪しき国へ道をひらけ”」
次の瞬間一部の時空が歪みブラックホールのようにそこは広がる。
風が起こり私達をそこへ引きずろうとしているみたいだ。
「美影」
宙の手を取り、そして夕紀の手も握った。
『絶対、伊織ちゃんを助け出すよ。』
そういうとふたりは痛くないくらい、でも強く手を握り返してくれる。
そして三人で一緒に黒い渦に飛び込んだ。
『絶対、絶対だよ。』
エルは私の肩に乗って強い力に身を任せた。