天使と悪魔の子
「リリイ!」
エルの少し焦った声が聞こえた。
私はその声に足を止める。
……
止まって気付く、木の上で私達を見下ろす存在に。
「……君たち、誰?」
夜色の髪をした小学生くらいの少年が足を揺らしながらこちらを見ている。
人型、綺麗に整った顔、
この子、相当強い
直感でわかる。
『私はリリイ、この子はエル。人に名を聞く前に自分から名乗るのが礼儀でしょ。』
作った口調でペースを乱さず淡々と言い放つ。
この状況は結構やばいのかもしれない。
「……そうだね、僕はリーフ、この森の支配者。」
この森の……?
「僕の名前を知らないなんて、君こそ誰だい?」
しまった
私はバレないように肩を竦めてみせた。
そして物語を読むように、語りかける。
『私、箱入り娘だったのよ。外の世界を見ることはあまりないし初めて見る貴方の名前を知ってるって人の方が少ないんじゃないかしら?
それに貴方、どうみてもこの森の支配者には見えないわ。』
「…箱入り娘ねぇ」
少年は一気に迫ってきて私を地面に押し倒した。
「森の支配者が子供の姿だっていうのは周知の事実だよ。」
低く艶やかな声が聴こえる、今の、この少年の声?
『や、やめなさいよ、なにするつもり!』
手を必死で動かしてみるもビクともしない。
魔力を腕に込めて動かしても意味はなかった。
本当にこいつ、子供か?
「君はなに」
リーフの目が大きく開かれた。
全てを見透かされてしまうように、その大きな目は私を見ている。
どうしよう、こんなにも早く終わるなんて、やだよ。
死を覚悟して目を閉じた瞬間だった。
「リーフ」
「……その声、シルか。今はエルと呼ばれているらしいが。」
え……
抑えている手が弱まると、私は素早く後ろに退く。
『知り合い、なの?』
「古い悪友ってやつだね。」
エルは可愛い手を舐めながらシレッといった。
それならさっさと止めてよ
とは流石に言えないが……。
エルは自分が不老不死だと言っていた。
それでは彼も不老不死なのか?
「僕は堕天使、この森の支配者。昔は大天使なんかもしていたんだけど、ちょっと天使達から恨まれるようなことをしてしまってね。愛するものの為にしか死ねない呪いを神から罰としてかけられてしまったのさ。」
『愛するものの為にしか死ねない……?』
「そう、ひとりの女性を愛して、その人の為に死ぬ。そんな呪いさ。」
『それの何処が罰なの?』
愛するものの為に命を捧げるのはその人の本望かもしれない。
そんなの罰なんかじゃない。
「いや、罰さ。僕には愛がなにかわからないからね。エルと同じくらい長生きしているけど、未だに謎だ。」
以前の自分が彼と重なった。
愛がなにか、それを教えられるのは愛する人だけ。
『なんとも言えないわ。』
「クス、そうかい。で、君は一体誰なんだい?
エルがついてるということは何か特別な誰かなんだろう?」
『……』
私は少し戸惑った。
彼は信用出来るのだろうか。
ちらりとエルを見ると頷いている。
『私は……魔王が探している娘よ。』
「…へぇ、君がそうか。」
わかっていたのか薄い反応が帰ってくる。
なんだか少し拍子抜けしてしまう。
「じゃあ僕も一緒に行っていいかい?」
『……へ?』
つい間抜けな声が出てしまった。
「僕がいた方が君達も自由に動けるはずだよ。
旧友と会えたことだし、暫く森を留守としよう。
それに、君達は誰か探しているみたいだしその人たちがこの森にいればすぐに手伝える。」
『……そうね』
「じゃあ今日から僕は君の使い魔だ。」
一気にぶっ飛んだ話にエルも私も少し驚いた。
でも気付いた時には額にキスをされていて、契約の印だと言って笑っていた。
『いや、ん?』
「僕程の高等で優秀、尚且つ美麗な使い魔はどこを探したっていないよ。君の役に立ってみせる。」
自信たっぷりに笑みを浮かべるリーフ。
見た目は子供なのに、はるかに大人びているようだ。
どうしてこちら側の世界の人はこうも距離が近いのだろう。
「何言ってるの?全部俺に劣っているよ。」
エルは鼻で笑って私の肩に飛び乗った。
「へぇ、やる気?」
「勝負にもならないね。」
『……さっさと案内しなさいよ。』
ふたりを見て溜息をつく。
どうやら仲間が一人増えたみたいだ。
リーフ、彼は一体どんな大罪を犯したのか。
それを知るのはもう少しあとの話。