天使と悪魔の子
氷の壁を抜けて出てきたのは広いお屋敷。
綺麗に敷かれたレッドカーペットならぬブルーカーペット。
壁に施される氷の美しい芸術品達。
「響太(キョウタ)……!」
ミリーナさんが迷わず走っていく。
呼ばれた名前でわかる、彼女の想い人。
「ミリーナ様……?」
「響太っ」
「なにしてたんですか、心配かけて、本当に貴女は勝手だ。」
抱きつく彼女を嫌がることなく抱き締めた。
人間で彼女に救われた執事
響太さん
「ここはミリーナさんの屋敷のようですね。」
シェリーは綺麗な氷の作品を見て目を輝かせている。
前も思ったのだが、ミリーナさんの涙は宝石のようにキラキラ輝いている。
ガラス玉のようだ……いや、実際にそうなのかもしれない。
美しすぎるそれは、床に落ちると弾けて消える。
「君、指名手配書に書かれてる。それにあのふたりも。」
「なんとしてでもあの子を守らなきゃならないの。彼女を魔王の手なんかに渡せない。
だから、私はあの子と一緒に行く。」
「そうか……」
「響太、キスしていい?」
その質問に答えるように、彼は唇を合わせた。
しばらく触れるようなキスだったが、次第に噛み付くようなキスに変わる。
私とシェリーはあまり見ないように後ろを向いて埃探しをする。
「無事に戻ってきたら、俺と結婚してくれませんか?」
「……っ、よろこんで」
「…よかった、婚約指輪をあげたいところなんだけど生憎今はここになくて。ロマンチックじゃなくてすみません。」
「もうっ、そんなことは今はいいのよっ」
ふたりの現場を目撃してしまった私達は、こっちが赤くなってしまいそうなほど見つめあっている。
「じゃあ、もう行くわ」
「あぁ」
お別れのキスをもう一度して、彼女は振り返った。
「ごめんなさい、待たせたわね。」
「『い、いえっ』」
ミリーナさんが鏡に手を伸ばしたその時だった。
ードカンッ
「っ!?」
「お逃げください!!」
響太さんが焦ったように叫んだ。
早すぎる
王国騎士が来たんだ。
「響太っ」
「ここは大丈夫、ですから行ってください。」
ミリーナさんは頷いて鏡に飛び込んだ。
私達もそれに続く。
出てきたのはミリーナさんの邸の裏にある森。
鏡があっても具体的なイメージがないとそこまで行けないらしい。
「急いでっ」
ーガッ
後ろからミリーナさんが頭を殴られ倒れた。
シェリーも兵に捕まって暴れている。
「やっぱり、ミリーナが味方をしていたのか。」
周りの黒い騎士服を纏った者とは対照的に白い騎士の服を着た眩しい金髪の赤い目をした男が立っている。
痛い程わかる圧倒的な力。
ミリーナさんは動かない。
この状況はもうほんとに
最悪
「君が、美影かな?」
『……っ』
無駄な抵抗とわかっていても、逃げずにはいられなかった。
そして近くにいた騎士に殴られて地面に転がる。
「なにをしている」
冷たい声が空気を凍らせて、その場が鎮まった。
ーピチャ
頬に触れた生暖かいものに触れる、それは血だった。
恐る恐る顔を上げると、私を殴った騎士は倒れていて金髪の男がそれを冷たく見下ろしている。
「お前ごときが触れていい存在ではない。」
『……ぁ』
かたかたと歯が触れ合う音がする。
それは紛れもなく自分の音。
こわい
本当にこの人は、だめなひとだ。
頭の中で警鐘が鳴る。
「俺の部隊の者が怖がらせてしまってすまない。俺はラミア・ロゼオ、どうぞよろしく美影。」
この人が、宙の、レリアスの……ミリーナさんの兄弟?
返り血を浴びた彼はなにもなかったように笑って手を伸ばしてくる。
いままで何度も見た事がある。
偽の笑顔
私は有無を言わさず連行された。