天使と悪魔の子
純粋な黒い髪に、整った目鼻立ち、
薄く瞼を開いていてその瞳は黒く、光を宿していない。
彼はうつ伏せた状態で、最後を迎えようとしていた。
そこに、ミリーナさんが現れる。
でも、私の隣にもミリーナさんがいる。
一瞬戸惑ったけど、これは彼女の記憶なんだとわかった。
記憶の中の彼女は死にかけている響太さんの前にかがみ込む。
「死ぬの?」
「……」
響太さんは少し瞳を動かして、彼女を見た。
そして目を一瞬大きく見開いた後、少し笑う。
「ついに、迎えが来た…か」
それもそうだ
人間である響太さん、銀髪で毛先が青く瞳も青い人並外れた美しい容姿は、どうみても人間離れしている。
加えて彼の意識は朦朧としているため、天使だと勘違いでもしたのであろう。
「俺、神とか、信じてなかったんだけどな…」
「……私は天使でも、女神でもない。」
ミリーナさんはじっと、彼を見て漆黒の羽根を広げた。
「私は、悪魔だ」
彼女は彼の隣に座って顔を覗き込んだ。
「でも、貴方を救うことは出来る。」
そんな彼女に響太さんは手を伸ばすが、途中で力なく下ろした。
「なにも、ない」
「……」
「なにも、生きる理由がない。」
暫く彼女は黙って彼を見ていた。
私もじっとその様子を見守る。
「生きたいように見えるけど」
彼はその言葉に涙を流した。
生きたかったんだ……
私はかつての自分を思い浮かべる
そう、私も生きたかったのかもしれない。
どこかで誰かが声を掛けてくれるのを、待っていたのかもしれない。
「じゃあ、君…ううん、響太くん。
私のところに来ない?」
「……は?」
「いいでしょ?それでも死にたかったら、私が殺してあげるよ。」
そう言って、ミリーナさんは響太さんに治療魔法を使い、身体機能を回復させる。
その最中で彼は気絶してしまったのだが、ミリーナさんは彼を担いでそのままどこかへ行ってしまった。
最後に少し見えた彼の顔は、どこか安心しているように見えた。
「本当、ただの気まぐれだったの」
ミリーナさんは二人を見送って私を見た。
「魔界で一緒に執事と姫という関係を続けているうちに、次第に惹かれあっていた。
私から彼に告白したの、
あの時の彼の顔といったら……」
愛らしく笑う彼女は、またふと、真剣な表情に戻った。
「魔王の娘である私には、叶うはずのなかった恋……、アリシアちゃんのおかげで魔界を出ていけたから、背中を押してくれたから、姫から解放してくれたから……二人で開ける未来ができた。
本当にありがとう。」
『いいえ、私は寧ろ、ふたりを危険な目に…』
「ごめんなさい!!!」
急に彼女は地に頭をつけた。
突然の事で、頭がついて行かない……
ミリーナさん……?
「私が我を見失って、響太のところへ向かっていったから、アリシアちゃんは怪我を負って……それで宙は!!!宙はっっ」
『やめて…謝らないでください』
「ごめんなさい……」
顔を上げた彼女の目からは、美しい結晶のような玉が、落ちては割れ、落ちては割れを繰り返す。
そうだ、ミリーナさんの涙はこうだった。
『宙は、最初からその“つもりだった”んです。』
「え……」
『最初から、この運命を見据えていたんです。』
私もまたぽろぽろと涙を流した。
いやだな、宙がいないと、こんなに弱いんだ。
『彼は人生を全て私に捧げてくれていた。
それなら私も、命を懸けて助け出す。
それが私なりの誠意……
なんといっても、彼の“隠し事”のせいで、私は未だに神の力を覚醒させることが出来ない。
意地でも助け出しますから、
謝らないでください。』
精一杯、笑った。
自分が今どんな顔をしているのかよくわからない、きっとぐちゃぐちゃだ。
でも、ミリーナさんは安心したように笑う。
「ありがとう……」
その言葉を最後に、私達はその空間から抜け出した。