天使と悪魔の子
少し涼しくなった外
寒さにも暑さにも少し強くなった私は、平然といつもの天使達がきているような薄く全く透けない不思議な衣を今日も纏っていた。
夕紀は黒いそれを着ていて、
とても似合っている。
彼はまだ傷が回復していないらしく、ぼーっと暮れていく夕日を見ていた。
「不思議だ」
私は彼の近くまで歩くと足を止めた。
「見る場所によって、同じものでも全然違って見える。」
『……夕紀?』
「あ?あぁ、美影か」
夕紀は大きな空の海を前に上半身を起こした状態で振り返る。
その足にはまだ包帯が巻かれていた。
「これは明日には治る。
だから…そんな顔すんなよ。」
優しく笑いかけてくれるから、私も同じようにした。
ぽんぽんと夕紀は自分の隣を叩く。
座れってこと…?
私が腰を下ろすと、夕紀は何も言わずに、ただ沈んでいく夕日を見ている。
何も言わなくていい
そう言われているようで、私はどこにいるよりも落ち着いていられた。
『夕紀は、いつ宙に出会ったの…?』
「……まだ、7のとき」
『…どんなだった?』
夕紀はアメジストの瞳を細めてもうすぐで完全に沈む夕日を見つめる。
「少なくとも、いい印象ではなかった。
誰もがあいつを恐れていたから…
でも…会って話を聞いているうちに本当は良い奴なのかもって思った。
まぁ殆どいい面を表にはださなかったけどな。」
やっぱり、宙は宙だった。
どれだけ酷いことをしてたって、夕紀が信じたんだから。
「あいつは……ふたりいる」
『うん』
「王子として残酷に振る舞うアルベールと、
馬鹿みたいに、
ただひたすら真っ直ぐに突き進む宙が。」
相反するふたつの性格
どんな宙でも、私は受け入れると決めた。
「ひとつ、変わらないものは……
美影をなによりも大切に思っていること。」
『うん……っ』
それはルーからきいたよ
それなのに、なんでまたこんなに胸が苦しくなるんだろう。
『私、何も返せてないよ』
名前を見つけてくれたこと
屋上から落ちて助けてくれたこと
大沢先輩から助け出してくれたこと
初めて空中散歩をしたこと
私に踏み出す勇気を
感情を蘇らせてくれたこと
家庭内の角質を取り除いてくれたこと
大切な人達と出会えたこと
もう数え切れないほどのものを宙から貰った。
『私、宙が好き。
アルベールも、大好きだよ。
ふたりとも大切…ふたりとも救いたい。』
夕紀はやっぱり何も言わずにただ話を聞いてくれている。
でも、いつもより少し沢山話してくれた。
「俺は…二人が幸せならそれでいい。
たとえそれで周りがどうなろうとも美影が笑ってくれていたら……
でも、そんなこと言ったら
お前はまた悲しそうな顔をするんだろ。」
私と、宙だけが幸せな未来……
そんなの、多分ないよ。
もしふたりだけが救われても、
全然嬉しくない。
多分それはみんなが私の立場に立っても同じだと思う。
「だから、俺は未来も守る。
俺と美影、宙、日和、架……全員がまた笑い合える日を取り戻す。」
彼の真剣な目は真っ直ぐで、本当に格好いい。
夕紀に想われる女の子は、きっと幸せだろう。
もう…今日は泣いてばかりだな……。
ーバサッ
急に腕を後ろに引かれてそのまま地面に倒れた。
「見ろ」
目を開けると、そこは満天の星空……
いくつもの流星、幻想的なオーロラ、夜空を飛ぶ七色に光る鳥達
こんな光景、地球上では見られない。
科学的に証明できないものが目の前にある。
これを見せたら、
どんな科学者も驚くに違いない。
夜になると光を纏った聖獣、幻獣達がそれはもう美しく舞う。
壊したくない
誰にも壊させたりしない
海に見えていたところを覗いてみると、その下には更に地が浮いていた。
『どうなって……』
「そこは海じゃない…水面の下にはまだいくつもの島が浮いている……っ!」
『うわっ』
手を滑らせて思わず下に落ちそうになったのを夕紀が片手で支えてくれた。
「ったく、……あぶねぇな」
『あ、りがと』
気まずくなって目を逸らした先に、これまた綺麗な蝶が横切った。
ん……蝶、だったのか…?
「どうした?」
『ううん』
もしかして妖精だったりして……