天使と悪魔の子
『うっ……』
冷たい
目を開けるとそこは絵に書いたような石畳の
王の間
魔界の王城であることに気付くまで、それほど時間はかからなかった。
重い体を起こすと、目の前の王座に座っているマーシュの皮を被った 悪魔 がいる。
「美影…!!」
ふと呼ばれて涙が先に零れた。
愛しかった人の声
ずっと、ずっと聞きたかった。
たった数日なのに
こんなにも彼を望んでいた。
振り返る間もなく、強い衝撃が全身を震わせる。
『うっ…この馬鹿っ』
「ごめん……本当にごめん」
体を抱きしめる力が強くて、でも優しくて…
「どうして…来たんだよ」
悔しそうに呟く彼の声は、今まで聞いたどんな声より泣きそうだった。
「俺が連れてきたんだ。」
「……陛下」
宙が私を抱きしめたまま、ロゼオを力強く睨む。
「いつからお前は、
俺に歯向かうようになったんだ。」
ロゼオは少し悲しそうに眉をひそめた。
まぁ、それは演技だろうが…
「お前が……いや、アルベールが幼い頃、まだ王子と公表していない時に、アリシアを連れて来るか婚約をするように差し向けた。
俺はアルベールとアリシアの間に生まれる子供に乗り移るか、アリシア自身に乗り移るかと考えていたんだ。
その奥に秘められた力
そして神界へそれを盾に乗り込もうとしたんだ。
それなのにアルベールは、その約束以来、変わった目をするようになった。
アリシアと会うことによってお前の中に、宙という人格を生み出されてしまった。
約束を守るかのように見せかけて、裏ではその女を俺から遠ざけようとした。
だから俺は待つのはやめた。」
そんな命令を……アルベールにしたの?
まぁでも、なんとなくわかってたんだよね。
うっすらとしたものが、確信に変わった感じ。
「気付いてたんだ。
お前が何を考えているのか。
だから従うふりをした。」
それを聞いてロゼオは肩を竦める。
「お前を大切に扱っていると思っていたのに、裏切った。」
「違う、母さんと一緒にいた頃少し芽生えかけていた愛情は、母さんが死んだ時に忘れてしまったんだ。もしも良心があるなら、自分の子供の体を乗っ取るなんてことはしない。」
「ふっ、確かに……
俺は永遠に生き続けるために何人も何人も自分の子供の体を乗っ取った。今更、愛とかいうものを持っているとは言わない。
だが、しかし今回は自分の子供の体を乗っ取らなくて済みそうだ。」
ロゼオは気味悪く笑って私の方を見た。
全身が強ばって息が詰まりそうになった。
これが、魔王の威圧
「っ!?」
宙が何かに気付いたのか焦ったように唾液が詰まる音が静かな冷たい空間に響く。
「っ…かっ」
「少し静かにしてくれ。」
どうやら、ロゼオによって体が封じられて、しかも声が出ないらしい。
これは…やっぱり、そうだ
覚悟を決めて、私は目を閉じた。
少し深く息を吐いて
そのまま宙に笑顔を向けた。
その意味がわかっているのか、彼は顔を歪めている。
『ありがとう…宙
ずっと考えてた
宙が私を“殺す”意味を…。
それがもし今なんだとしたら、
全然宙のせいじゃないよ。
……ほんと、宙ってばかだ。』
泣いちゃだめだ
『出逢えて凄く…ほんっとに幸せだった。
生きる意味を教えてくれてありがとう。
宙が私を見つけてくれてなかったら、
きっと今
こうやって立っていることさえ
出来なかったかもね。』
言いたいことはいっぱいある
きっともう“最後”だから…
でも時間は、魔王は、それを許してくれない。
最後に声をききたい。
そう思って彼の頬に手を当てがう。
『宙』
「っ…美影、いくな」
よかった、声が聞けた。
私は嬉しくて笑って、
宙の綺麗などこまでも透き通った空色の瞳を正面から見つめた。
少し、涙目だ。