天使と悪魔の子
光が消えると、そこはいつもより落ち着きのない神界で、緋の神殿の前に倒れていた。
肩から出る血を抑えようと、自分の手に魔力を帯びさせて傷口付近を治療する。
誰でも同じように、自分の魔力で自らを治癒させるには人にやってもらうより何倍も時間がかかるのだ。
シュファルツさんは気を失っているエリーゼさんとマーシュさんを交互に見て、疲れたようにため息を吐いた。
「俺がやります」
そう言って俺の肩に触れて治療を始める。
「……すみません」
「いや、謝りたいのはこちらの方です。
俺は圧倒的な実力を前に、
逃げてしまいました。」
噂になるほどの実力者と謳われる彼がまさかそんなことを言うなんて……
「本当にお前は、戦闘好きなくせに、賢いからか諦めるのが早すぎる。」
ふと身体を起こしてエリーゼさんがこちらを見た。
「その様子だと、まんまと持っていかれたみたいだね。」
「すみません……」
「いや、今回はお前が正しいと思うよー
あのまま全員やられてたら大変だし」
エリーゼさんは近くにいるマーシュさんを見て少し表情を和らげた。
なんだか少し雰囲気が柔らかくなった気がする。
シュファルツさんも驚いたように目をぱちぱちさせている。
「ご苦労さま」
ふいに、後ろから声を掛けられて全員で振り返る。
相変わらず全く気配がないその人物に、なんでここに居るのかと全員が目を見開いた。
そして怪我なんか忘れてそのまま跪く。
……エリーゼさんは例外だけど。
「ヴァレール様」
「いい、顔を上げなさい。」
彼女と同じ瞳と髪を持つ彼を見るのは辛かった。
だから目線を外して少し違うところを見つめた。
「私は、全部見えてしまう。
今まで何があったのか、
言わなくともわかるんだ。
ロゼオ、そして私の愛する天使の間に産まれた
奇跡の子…
君にアリシアを任せたことに悔いはない。」
“奇跡の子”……なんて初めて言われた。
そういうところも美影に似ている。
いつも誰かに厭われて、中途半端な自分が嫌いだった。
「勿体ないお言葉……」
自然に出てきてしまいそうな涙を堪える。
「君は何を言っても
ロゼオのところへ行くのだろうね。」
「はい」
なんでもお見通しなのか、笑顔を崩さず俺の前にしゃがんだ。
「その時がきたら、私のもとへ来なさい。
渡したいものがあるんだ。」
「ありがとうございます!!!」
「それじゃ、今頃フレンチ達が慌てているだろうから行ってあげて。」
そういうとそのまま音もなく去っていく彼の後ろ姿は、何処か寂しさを身に纏っていた。
「じゃあ貴方は……これから何が起こるか知っているんですね。」
誰にも聞こえないように呟くと、マーシュさんが声を上げる。
「うぅ」
「マーシュ!」
エリーゼさんが飛びかかって肩を揺らした。
「ちょ、隊長、あんまり揺らしちゃ…」
「んーどうしたんです?エリーゼ…か……ボクはどうして……っ!!」
一気に目が覚めたように体を起こして目を血走らせる。
そして地面を叩いて頭を抱えて項垂れた。
「ボクは……みんなに合わせる顔がないです。
ぼんやりとした記憶の中で、アリシア様を傷つけてしまった。」
彼は強い男だ、泣きはしないがその幼い表情に似合わない苦痛な表情が心を締め付ける。
「マーシュのせいじゃない。」
そう言い切ったのは、1番意外な人物だった。
「エリーゼ……」
「じゃあ何?マーシュひとりであいつを倒せたなら今頃とっくに魔王は別の人になってるはずだよ?エリーでもむりだったんだから。
というより早く立ってくれないかなー
報告にいかなきゃフレンチが面倒臭い。」
到底励ましにはきこえないけど、彼女なりに元気づけているのはわかった。
「ありがとうございます……エリーゼ」
「っ、ふん!行くよ」
少し顔を赤くしてさっさと飛んでいく彼女の背中を見る。
まだまだ若く将来が期待されるふたりを見ているとシュファルツさんは笑った。
「こうしてると
ただの可愛い子供なんだけどな…
宙さんも、あまり無理をしないでくださいね。」
「いいえ……っていうか、なんで俺に敬語なんですか?俺には天界での階級はほぼないのに」
「んー、俺は自分が尊敬している人にしか必要な時の演技以外では使いません。
俺は貴方の生き方に、感動させられたんです。
誰かのことを一途に思うこと、そして守ろうと努力するのは簡単なようで難しいことですから。
真の“騎士道”とやらを見せてもらった。」
シュファルツさんは爽やかに笑って俺の背中を押した。
「さあ、早く行きましょう。
ここからは地獄です。
でも俺は貴方の努力を
ちゃんと認めていますから。」
「…っ、はい」
今から俺は無数の嫌悪の瞳を向けられるかもしれない。
それでも……
「美影に会いたい」
これから俺は、翠の神殿へ向かう。