天使と悪魔の子
思えばあの日々が一番幸せだったのかもしれない。
そしてそれももう終わる。
それはそれは穏やかな、“彼女”らしい星空が綺麗な涼しい夜だった。
俺はお祖母様に呼び出され、あることを告げられる。
「私はね、もうあの子を守ってあげられない…。」
「……え?」
「気付いてるんでしょう?私の心臓の音が弱くなっていることくらい“あなたになら”聞こえると思うけど。」
少し笑って、こちらに顔だけ向ける。
「あの子が義理の息子やその家族に酷い扱いを受けていることを知って、助けてあげたかった…だからこちらで引き取ったんだけど、そうは上手くいかないみたいだわ。
私にはもう未来がないの。せめて、大人になるまでは愛情深く育ててあげたかったけれど……。」
アリシアが…父親家族から?
いつも笑顔で、何の曇りもない…アリシアが?
「そこでお願いがあるの。凄く身勝手なお願いよ……。」
「なんですか?」
声が震えそうになった。
「アリシアの記憶を消して欲しい。」
あまりにも突拍子もないことに言葉を失う。どうして記憶を消すのか…。
「あの子は、最近とんでもない量の魔力が覚醒してきている。つい最近も、普通では有り得ない者まで無意識に召喚してしまったほど…。私が毎晩、あの子の魔力を何とか抑えようとしていたから貴方は気付かなかったでしょうね。」
確かに、気付かなかった。
気付けなかった。
だから、貴方の寿命は……
「お願いよ…あの子の力と共に、ここで過ごした記憶を封印し、せめて普通の女の子として生きて欲しい……魔女の“アリシア”としてではなく、“美影”というただの人間として…。
あの子をこれ以上、魔女として忌み嫌われる道には行かせたくないの…。」
美影
それが彼女の人間としての名前らしい。
きっとアリシアのお祖母様は、とても辛い思いをしてきたんだろう。だからこんな所でひっそりと暮らしているんだ。
彼女が手に入れられなかった、普通の日常をアリシアに送って欲しい そんな思いが伝わってくる。
「でも、あの子の家庭はあまりにも酷い…どちらにせよ、茨の道だわ…。
それに、いつか魔王が出てきて結局は普通の日常は送れないかもしれない。
それでも、私は信じているのよ。」
お祖母様は小さく、はっきりとした声で言った。
「アルベールがアリシアを、ただの女の子にしてあげられるって。」
「!」
それは凄く、大変な願いだな…。
魔王から彼女を救う、それはつまり魔王の破滅を意味する。
あいつは生きている限り、アリシアを探し出し手に入れようとするだろう。
それから守るには、到底命が幾つあっても足りない。
「大丈夫よ、貴方はあの子と同じように、世界で類を見ない素晴らしい力を持ってる。」
素晴らしい力?
天使と魔王の息子
そんな穢れた俺なのに……
「さて、もうそろそろ時間ね。」
「…っ、もういやなんだ俺、変な視線で見られるのも、中途半端な自分も。
でも出会って自分の生きる意味を見つけた。
たとえ彼女が普通の日常が失ったとしても、どんなに周りが魔女として扱ったとしても、俺だけは、普通の女の子として“美影”として接することを約束します。」
キラキラとお祖母様の身体が光る。
天使には死体が残らない。
いつか誰かがそう言っていたっけ…。
「でも…だけど……それは“アリシア”が可哀想だから。全てが終わったら、もう一度“アリシア”と呼んでもいいですか?」
一瞬大きく瞳を開いて、後は笑って涙を流していた。
「そうね……ありがとう」
魔女としての彼女も人間としての彼女も……どちらも同じだから。
天使の息子の“宙”と魔王の息子のアルベールも同じだから。
両方……俺だから
どちらかなんて、選べない。
その日の夜
天へと帰ったお祖母様に別れを告げた後に、アリシアの記憶を奪い力と共に封印した。
辛かった、彼女はもう覚えていない。
これが全ての真相
俺は今も普通の女の子として、美影と呼び続けている。
お祖母様との約束を守る為に…。