天使と悪魔の子
「まだ呼んだ覚えはないんだけど?」
「美影の声が聞こえたんだ。」
私の声
ちゃんと宙に届いていたんだ。
口から手が離れてゆっくり声を出す。
『っ…そ…ら』
血が足りていなくて、体の傷が全然塞がらない。
ツルに縛られて倒れ込むことすら出来ない。
こんなボロボロの姿を見られたくない。
汚い…私を
「今日は争うつもりじゃなく、少し、見物に来ただけなんだ。」
「見物…?」
宙がどこからとなく剣を取り出すと勢いよく引き抜いた。
目を開けられないほどの眩しさの中、玲夜は苦しそうに悶える。
「忌まわしい光…」
悪魔は光が苦手なのか…?
「面倒だな…今日は引き上げる。だが次にあった時は、その女をもらっていく。」
「待て!!!」
弾けるように彼が消えると無数の黒い蝶がどこかへと消えた。
緊張が解けるとますます体はいうことを聞かなくなって壁へもたれる。
「美影!!」
『来ないでっ』
「美影…」
彼は歩みを止めることはなく私の前に屈み手を伸ばした。
『いやっ!!』
手を弾くと傷ついたような顔を見せる。
私ってば、最低だ。
首元の噛まれ跡に触れるとズキリと痛む。
こんな跡、宙に見られたくない。
再び伸ばされる手を私は払えなかった。
それは首を撫でてゆっくりと彼の顔が近づく。
『い、いや』
「傷を治すだけだから。」
生暖かいものが首筋を這う。
体がビクンと反応して首筋が熱くなるのを感じた。
『んっ』
宙に触れられたところが熱い。
「もう大丈夫…」
顔を上げた彼の目は赤い。
でも違う
さっきの悪魔とは、違う。
「ごめん」
『ぇ…』
「あれが本来の悪魔の姿なんだ。
冷酷な…魔の生き物、夕紀みたいな天に服す優しい悪魔は滅多にいない。怖くなった…よね。」
言い返せない自分が憎い。
怖い…そう確かに、私は彼を拒んだ。
『違う、怖かったのは、私…なの。』
口から出た言葉に自分で驚く。
『どんなに痛くて苦しくても、頭はとっても冷静だった。なにをすれば玲夜が動揺するのか手に取るようにわかるの。』
こんなの、おかしい。
普通の人なら怖くて何も出来ないはずなのに…。
“小賢しい魔女”
確かに
特別な力がなかったとしても、もしかしたら私は、魔女裁判にかけられるような末恐ろしい人間なのかもしれない。
「もし、美影が自分を信じられなくなっても、俺は味方だから。」
『じゃあ、なんで宙は私を…殺そうとしているの?』
ふと、聴いてしまった。
時が止まったように宙は微動だにしなかった。
それは私を殺すという肯定だ。
『そう、なんだ。』
微かに声が震えた。
『あぁ…そっか、でも、そうだね…
別に、いいや。』
何か言って欲しい。
でも何も言わないで…。
あまりにも長い沈黙に耐えきれずに震える足で立ち上がった。
ふらふらとした足取りで資料室を出て屋上へと駆ける。
これ以上傷付かないように、また、逃げ出た。