天使と悪魔の子
ーハァハァッ
学校を一回りしたが彼は見当たらなかった。
終業式だからもうほとんどの生徒は帰っているはずだ。
とぼとぼと教室に戻って鞄を持ち上げた。
いつもしつこいくらいに付きまとっていたくせに、こんな時に都合よく現れない。
帰ろうとした時、突然外から音がした。
ードサッ
教室を出て廊下を見ると大沢先輩が苦しそうに背中を壁につけて座り込んでいる。
『どうしたんですか!?』
首が痛いのか手を当てていた。
『失礼しますっ』
退けるとそこは黒くなっていてなにか直感で恐ろしいものを感じた。
今は宙はいない、夕紀くんも帰ってしまっただろうから…。
幸いにも話しを聴くつもりだったからバイトを入れていない。
『先輩、家に来てください。』
「っは?」
『何も襲いませんから。』
最も、襲われるのは私だろうが家にはエルがいる。
エルならなにかわかるかもしれない。
『立てますか?首に手を回してください。』
「…女に助けられるなんて、下っ端に見られたら笑いもんだな。」
『大丈夫ですよ、家までの抜け道は知ってますし、ちゃんとその時は置いていきます。』
「ひでぇ」
大沢先輩が少し笑った。
可愛いところもあるんだな。
ふと、少し窓に映る自分を見て思いつく。
『鏡…』
鏡は異世界をつなぐ。
じゃあ異世界じゃなくても、移動手段に使えたりするのかもしれない。
我ながらすごいことを思いついたもんだ。
でもできるだろうか?
『んー繋がれ?』
「…は?」
ガラス戸に手を這わせる。
なんだか今の私なら、できる気がするんだ。
『“繋がれ”』
一瞬ガラスが揺らいだ。
足をかけて先輩に手を伸ばす。
『来てください。』
「いや、は?」
『早くっ』
力任せに彼を引っ張って後ろへ倒れた。
ードンッ
『いってててて』
「っ…」
目を開けると映るのは見慣れた天井。
成功した?
ーミャア
不思議そうに首を傾げているエルは猫の姿のままだ。
『エルっ大沢先輩を助けて!』
「…どういうこと?」
一先ず今日起こったことを説明した。
するとエルは溜息をついて大沢先輩を睨む。
「じゃあそいつは、悪魔に体を乗っ取られた際に噛まれた跡から感染して、悪魔化しているってことかな。」
『悪魔化…?まさか、悪魔になっちゃうの?』
「ううん、悪魔は高等だから早々なれるもんじゃないよ。ザヘルの端くれ程度。
いい?魔物には階級があって人の生気や血を奪ったりして成長し、容貌も変わり、力がつく。実力社会なんだ。まぁ高位同士の子供は例外だけどね。」
小さいザヘルは弱くて、人型にもなると上位のザヘル…魔王に認められて悪魔になれる。
わかりやすくて有難い。
じゃあ夕紀くんは、親の恩恵ってのもあって産まれた時から悪魔なのか。
…宙は?
宙は…なに?
「はぁ……はぁ…さっきから何の話だよ。」
『…大沢先輩を助けられないの?』
辛そうに肩で息をしている先輩を見る。
黒い痣のようなものはさっきよりもかなり広がっていた。
「助けられるよ。」
『どうしたら…』
「命令してくれればいい。僕は美影の使い魔だから。」
ずっと引っかかっていた、エルが私の使い魔だなんて…。
『それは少し、嫌だ。』
「…美影は優しいからね。
でもいいの?その男、助けたいんでしょ。」
そうだ、こんなことしてる場合じゃないのに…。
『…ごめんね、先輩を助けて。』
「じゃあ、美影を少し貰うよ。」
『…え』
頬にキスをされた瞬間視界がぐらついた。
ゆっくりと目が閉じる。
エルって結局、何者なのだろうか。
そんな疑問もすぐに消えて、ゆっくりと落ちていった。