天使と悪魔の子
朝目覚めると、大沢先輩はいなかった。
エルによるとちゃんと治したあと、昨日の記憶を消したらしい。
ということは彼と仲直りしたことは、なかったことになる。
なんだかそれはとても、寂しい。
そう、寂しい…。
「どうかしたの?」
『あ、いえ、なんでもありません。』
光希先輩が心配そうに私の顔を覗いた。
「なんか最近逢沢ちゃん変わったよね。」
『そうですか?』
「うん、明るくなった。」
光希先輩は作業をこなしながら笑いかけてくれる。
バイト先にこんなにいい先輩がいるのって恵まれているな。
「じゃあ俺そろそろ上がらせてもらうよ。」
『はい、お疲れ様です。』
爽やかな笑顔を浮かべながら去っていく先輩を見る。
「先輩!」
突然声をかけられて肩が上がった。
『な、なに』
声のする方向には最近入った可愛い新人が立っている。
どうやら光希先輩に気でもあるらしい。
「逢沢先輩は、光希先輩のこと好きなんですか?」
なんという直球
まぁはっきりしないのも嫌だが。
『好きじゃないよ。人としては尊敬するけど。』
「そうですかぁ!よかったぁ。」
こういうの、苦手だ。
気分が悪くなって作業に黙々と専念する。
「光希先輩ぁい、もう帰っちゃうんですかぁ?」
先輩が控え室から出てくると共に新人の甘い歓声が上がる。
名前は朔間 理江(サクマ リエ)、こんな新人に光希先輩も少し手を焼いている。
『いらっしゃいませー』
私は隙あらばとレジへ逃げた。
「すみません」
呼ばれて顔を上げるとそこには架が立っている。
「よっ、昨日ぶりだな!」
『あ、偶然だね。』
「俺もバイト探ししてんだけど…。」
チラッと架が理江ちゃんの方を見る。
「ここはやめとくかな。」
『…ご最もでございます。』
不思議だ、こうやってバイト先で友だちと話せるなんて…。
ん、友だち?
「どうした?」
『いや…私たち、友だち…って呼んでもいいのかなって。』
「ぷっ、なに変な事言ってんだよ。とっくにそうだろ?」
当然というように笑い飛ばして架はホットドリンクを私に手渡した。
『161円です。』
「んじゃ、頑張れよ!」
『うん!』
架が出ていくと同時くらいに光希先輩も出ていき、残された私達。
「せーんぱいっ」
『なに…』
「さっきの人、誰ですか?光希先輩とまではいかないけどなかなかのイケメンですね!」
彼女はなかなかの面食いだ。
もしここに夕紀くんや宙が来たら大変なことになりそうだ。
『何言ってるの、理江ちゃんは光希先輩でしょ。』
「私の隣に並ぶのは誰よりもかっこいい王子様なんです!光希先輩以上のひとがいるならもうどうでもいいんですよ。
今のところ先輩が一番ですけどねー。」
嗚呼、虫唾が走る。
『そう』
こうやって話すのですら嫌になる。
こんなに嫌うのは可哀想だが、男の方も可哀想だ。
「先輩って美人ですよねー。」
急に何を言い出すのかと彼女を見ると、表情が全く見えなかった。
なに?
それは一瞬ですぐに笑顔に変わる。
「いいなぁ」
ーゾワッ
さっきから感じるこれは何?
何か恐ろしいものを彼女から感じる。
「いらっしゃいませ」
元気よくお客さんに挨拶をして去っていく彼女を暫く見つめていた。