天使と悪魔の子
ーカタン カタン
電車に揺られて長く経った。
遠く遠く、離れた場所に向かっている。
気付けばもう昼過ぎで駅に降りた時には雪が降っていた。
手袋に落ちた雪は熱で溶けていく。
水になり水蒸気になりやがてまた降ってくる。
『なにがしたいんだろう』
ふと呟いて空を見上げた。
都会と違ってこちらはなんだか心が落ち着く。
車はあまり通らないし、なにより静かだ。
「あっちだよ」
エルは私と同い年くらいの男の子に化けて一緒に歩いている。
男避けとかなんとか言っていた。
そんなもの必要ないんだけど…寧ろエルが美形すぎて逆に視線を集めている。
心の中で何度かツッコミを入れつつ指示通りに動いた。
「あそこだ」
エルが指をさした場所にちょうど人が立っていた。
どんなにこの日が来るのを幼い頃望んでいたのだろうか。
こんなにもあっさりそれが叶うなんて…。
「美影…?」
『お母さん…っ』
母は自ら走ってきた。
そう私は彼女に会いに遥々遠く離れた地からやってきたのだ。
彼女は私の前で立ち止まった。
かなり窶れている。
毛や肌にハリはないが、とても美しい人。
「私には貴女の母親と言う資格はない、それなのにこうやって走りよってしまったわ。」
とても悲しそうに視線を下げる彼女を無性に宥めてやりたくなった。
私は彼女を許しているのだろうか。
約束を破り父の元へ置いていった彼女のことを…。
『私は…貴女に会いたかった。』
でも許した訳ではないと思う。
『いつまで逃げるの?』
「いつまででも、あの人から逃れる為なら…」
『それを、私の前で言うの?』
はっとしたのか母は顔を見た。
『生まれてきてからずっと、貴女の代わりだった。酷い暴言や暴力にも耐えた、心を殺したの。』
私を身代わりに、貴女は置いていった。
『そうね、母親なんて名乗る資格、ないわよ。』
「ごめ…なさ」
『謝って欲しくなんかない!!逃げたのに私に同情なんてしないで。』
同情なんて、いらない。
「……そうね、そこの男の子もいらっしゃい。こんな道中では周りの目が気になるわ。」
『……』
なんだろう、凄く腹が立つ。
なんで私がこんなに惨めな思いをしなくちゃいけないの?
『私は貴女に向き合ってほしいから来たの、逃げるだけなら用はないわ。』
来た道を引き返して歩いた。
お金なら持っている。
一日だけ、猶予をあげるわ。
母親になる為の、猶予よ。