天使と悪魔の子
ほら
と言って渡されたバスタオルで身を包んだ。
どこで取ってきたのか夕紀くんに聞くがいつもの調子で沈黙。
嫌な予感しかしないがこっちとしてはありがたいものだった。
まず裸で密着するなんて恥ずかしくて生殺しされている気分だったし。
「ここ?」
『うん』
別荘と言っても小さな家。
なんとなく母の好きそうな家だった。
扉に手をかけると案の定鍵がかかっている。
私はなんとなく力を手に集中させた。
ーカチャ
『開いた』
「コントロール出来てるみたいだね。」
もう一人の私がいるみたいで不思議だ。
『入るよ』
普通ならできないことができる。
こんな力を持った子供が孫だったら、そりゃあ怯えもするのかもね。
皮肉にも笑えてくる。
そんな時だった。
ーバチンッ
『いっつ!』
扉は開いたのはいいものの、なにかに跳ね返され、しかも出血。
胸騒ぎがした。
「壁…?」
「いや、俺達は抜けられるみたいだ。」
「相当高度な魔法みたいだね…。」
私に抜けられなくて宙達は抜けられる見えない壁。
この壁を貼った犯人は一択。
『お母さんっ』
再び壁に突っ込もうとする私を二人は止めた。
「ここで待ってて。夕紀は美影が無茶しないように見張っといてね。」
「あぁ」
『なんで…私…』
暗闇に消えていく宙を見送って私は血の出た指を静かに見つめる。
「…これ」
夕紀くんは海水のせいで湿ったティッシュを私にくれる。
「いや、流石に…。」
夕紀くんは黙って服を裂いて私の指を包んだ。
『私傷すぐに治るよ?』
「…あんたの血、俺達には強すぎるから。」
そうだよね、私には神様の血が流れているんだから。
これからは気を付けないと…。
「美影っ」
『…どうしたの?』
宙がなんだかとんでもないものを見たような顔をしている。
『…お母さん、遠くに行っちゃったんだね。』
酷く衝撃的なものに遭遇した時、人はとても冷静になる。
でもその冷静さが続かないことは、みんな分かっているんだ。
『お母さん…』
見えない壁へ八つ当たりするように手を伸ばす。
でもそれは夕紀くんの腕で簡単に制されてしまう。
『離してよっなんで入れないの?』
やっと、…やっと!!
お母さんとの壁を突破らったのにっ。
「美影」
『やめてっ』
「美影っ!」
ービクッ
宙の声が私に届く。
「どうしてトリエスタさんがこんな結界を貼ってまで、美影を遠ざけたかわかる?」
涙が頬を伝う。
あんな人でも、私のお母さんなんだ。
「自分の死に顔を、娘に見せたいと思う母親がいると思う?」
『…っ!』
「……それに、結界を貼ったのは自分だけじゃない。お父さんにも、美影に近づけない呪いみたいなものをかけた。」
お父さんにも…
お母さんは、最期に私を守ってくれていたの?
『お母さんには…力はなかったんじゃ』
「ないよ…でも呪文なら知ってた。神の血があれば、それができる。」
『…』
急に母親ヅラなんてらしくないこと…。
ーガタッ
「美影」
名を呼んだ相手に私は思いっきり敵意の篭った目で睨んだ。
「お前、髪…その目も…
くっ、はははは!
もう俺達が親子なんてわからねぇよな。
トリエスタは、笑いながら自分をナイフで切って倒れたんだ。やっと美影を守れるとか言って、馬鹿な女。」
頭にきた。
拳を握りしめ近づこうとするがそれはできない。
母が父にかけた呪いは、殴ることさえさせてくれなかった。
「お前、なにやってんの?」
父が私に近づこうとするが弾かれて倒れた。
「……は?」
『…よかったね、お母さんと一緒になれて。貴方の呪いとなって、お母さんは貴方が死ぬまで永遠に生き続ける。』
「ふっざけんな!!!」
ーバチンッ
『ふざけないでっていいたいのはっ…こっちなんだから。
なんであんたは生きて、お母さんは死ななきゃならなかったの!!……あんたなんか…あんたなんか!!!』
最後の一言が言えない。
どうしようもなく腹立たしい。
これからもこの人を許すことなんかない。
『……さようなら、逢沢霖矢(リンヤ)。』
「ふざけんな……あぁそうだ、お前知らないんじゃねぇの?なぁそこのやけに顔の整った兄ちゃんよ。」
父に背中を向け歩き出したのに、足が止まる。
「そいつの初めてを奪ったのは俺だ。
なぁ、気持ち悪いだろ?」
あの時のことを思い出すとふと蘇る吐き気。
容姿は誰もが羨むようなすらっとした美男。
それでも私は、耐えられなかった。
心を失くしたあの冬の日。
夕紀くんは初めて聴いたようで少し戸惑いを見せている。
当たり前だ。