天使と悪魔の子
「美影」
『はっ』
目を開くとそこは洞窟の中だった。
不安そうに顔を覗く彼を見つめる。
宙は絶対に、私に話さない。
そんな予感は、実はあたっていたりする。
「もうすぐ夜明けだ。夕紀は皆の記憶を書き換えてくれてる。」
そうか、今日はお正月。
先程あった出来事は全部本当にあったこと。
『日和達は?』
「無事だよ。昨日は別々に帰ったと思い込んでる。」
『そっか……瑠璃たちは?』
「追ってきてないみたい。
日が完全に昇ったら一度夕紀と合流しよう。」
『うん』
それにしても瑠璃は厄介だ。
宙も戦闘で苦戦していたらしいし……
美食家の悪魔
彼女のあの表情
確実にこれから私を狙ってくるだろう。
あのまま落ちていったということは、標的を私に絞ったと思っていい。
『ふふっ』
「美影?」
よかった
これで宙が狙われずに済むんだ。
『嬉しくて』
彼の役に立てたこと。
「美影……」
『じゃあ行こっまだ日は昇ってないけど、少し息抜きしたいな。せっかくのお正月なんだし。』
「……そうだね」
外に出ると清々しい空気が満ちていた。
都会とは違って、山の空気は美味しい。
『見てよ』
太陽の光を受けて川辺が綺麗に光っている。
『こんなところ、普通に生きてたらあんまり来ないじゃない?私にはこういう生活が向いてるのかも。』
「……登山家?」
『…違うわよ……宙達と、生きていく道。』
そう言って振り返った。
『んっ』
「…美影、ありがとう」
ぎゅっと胸に強く抱かれて息苦しい。
心臓が早く動く、音が彼に伝わってしまいそうだ。
「……おふたりさん」
不意に聞こえた声に私達は視線を同時に向ける。
「夕紀か…」
「お取り込み中悪いんだけど報告、一応神社の修復と記憶の改ざんは終わった。」
「ありがとう…奴らはもういない?」
「あぁ、魔界に帰ったみたいだ。」
夕紀くんは私の目を見て言った。
「瑠璃は完全にお前の血に魅入られたらしい。
昨夜、念の為後を追ったんだか血の香りを追うことで夢中になっていた。玲夜も少し苦戦していたくらいだ。」
そうか
それなら……よかったよ
こんなこと知られたら凄く怒るんだろうな。
『玲夜って、一体何者なの?』
「玲夜は……」
宙は辛そうに目を伏せた。
夕紀くんも神妙な面持ちである。
「俺の弟なんだ。」
『……え?』
「正確には異母兄弟なんだけど、それでも俺にはまだ兄と姉がいる。」
あの人が宙の弟?
そんな、あんな冷酷な目をした人が……。
『兄弟なのに、争うの?』
「俺には誰にも譲れない守りたいものがあるから。」
それは私?
ねぇ、どうして宙はそこまでして守ってくれるの?
聞きたい
「美影、今日は荷物をまとめたら俺の家へ来て。
バイトがあるなら迎えに行く。」
『そんな、そこまでしなくても…』
「放っておけないんだ。」
『……わかった』
渋々頷くと満足したのか宙は私を抱き上げる。
「美影」
夕紀くんは私に香水瓶を渡した。
「これ、血の匂いを隠す効果がある花から採取した。一人で行動する時は絶対にこれを付けて。」
『ありがとう、大事に使うね。』
みんな私のことを心配してくれている。
どうにかして強くならないと。
そう思いながらも、昨夜の疲れのせいで瞼は閉じていく。
「俺が守るよ」
そんな甘い台詞が聞こえた瞬間意識は途切れた。