初めてのズル休み
「えーっ、なんで私? ゆかりじゃなくて?」
フロア内に響く奈美の声を聞いた時、私の中でプツンと何かが切れた。
「謙遜し過ぎだよ。君の発想力には目を見張るものがあるからね。当然の人事だと思うよ」
以前私を褒めていてくれた上司が満面の笑みを奈美に向けていた。
私を支えて来たものすべてが崩れ落ちて行くような感覚に襲われて、その場にしゃがみ込んでしまいそうになった。
この十年、私は一体、何をして来たんだろう――。
それでも、朝になればいつもと同じようにホームで電車を待っていたのに。今私は職場とは反対方向に進んでいる。
ふと窓の外流れる景色に目をやれば、そこには海岸線が広がり始めた。
反対方向に乗るだけで、こんな景色を見せてくれたんだ。
このまま海を目指したくなった。
そして降り立った馬堀海岸駅で、この日のズル休みを決心した。
人生初の有給休暇がズル休みだなんて、これまでの私じゃ考えられない。
あんなに休みを取ることに引け目を感じていたのに、休むことを伝える電話を職場に入れたら、呆気ないほど簡単に事が済んだ。
私が休んだら、誰かに迷惑をかける。
そんなこと、私の勝手で自意識過剰な思い込みだったのかもしれない。
私がいなければ、他の誰かが代わりをやるまでのことだったのだ。
微かに香る磯の匂いに、干からびていた心が動き出す。
仕事に行くつもりで着て来たスーツが残念過ぎて泣きたくなるけど、ジャケットを脱ぎブラウスのボタンを一つ多く外したら、少しだけ開放的な気分になれた。