初めてのズル休み
「もういいから、ヤマさんやめてよ。本当にすみませんね。いいんですよ。確かに常連さんじゃなければびっくりしちゃいますよね」
睨み合っていた私たちの間に、お店の人と思われる人が入って来た。
鋭い目をした男とは正反対の、目尻の下がった白髪の優しそうな顔をした男性だ。
「店長のアンタがそう言うなら、俺は何も言わないけど、それにしても残し過ぎだろ。残すのが女らしいとでも勘違いしているような奴が、俺は一番気に入らないんだ」
そう言って蔑むような目を向けてから、その男は自分の席へと帰って行った。
その時耳に届いた草履の滑る音がどうにも耳にこびりついた。
「ごめんなさいね。あの人、うちの常連さんでね。誰よりこの店を愛してくれてるもんで、つい熱くなっちゃうんだ。でも、あなたは何も気にしなくていいから」
なだめるように慰めるように見つめられるものだから、余計に惨めな気分になる。
それ以上そこにいるのがいたたまれなくて、逃げるように店を出た。
『いつもならしないことをしてみよう』
そんなことを考えた自分が馬鹿だったのだ。
これまで、いつも念には念を、出来る限りの下準備をしてからでないと何も出来なかったくせに、突然こんな突拍子もないことをするから――。
ほんのわずか上向いていた気分はあっという間に下降して既にここに来たことを後悔し始めている。