struck symphony
雫
大理石の広い玄関を入ると
正面には、
壁一面、天井にまである雄大な窓が、
まるで
夜景を切り取ったキャンバスのよう、
自然な絵画を掲げている。
“綺麗…… なんてお洒落なの…”
自然な絵画を眺めながら
溜息交じりに部屋へと入ると、
豪華絢爛でキラキラしたエントランスとは、
また違った
モノトーンな空間が広がっていた。
広々としたスペースのなかで
仕事スペースとプライベート空間が、
半々に 分かれている感じ。
会議のためのような
アンティークな縦長テーブルと沢山の椅子、
そして、
その奥向こうには…、
凛と黒艶めく、グランドピアノが見えた。
“わぁ!… 香大さんの ピアノがある…”
陽音の自宅にある、陽音のグランドピアノ。
“あれを弾いてるんだぁ…
あれが………香大さん愛用のピアノ…”
毎日、
あそこに座って弾いている陽音の姿が、
リアルに想像できる。
“香大さんの…大切なもの…”
個人的なものを見たという実感に、
恵倫子の心は、昂った。
恵倫子が、
大きなバッグと響を抱きかかえたまま
雰囲気のある部屋に 見蕩れていると、
「こっちで寛いでてください。
御風呂、すぐに沸きますからね」
と、
陽音は、恵倫子を
モノトーンの部屋の一角にある
畳のスペースへと呼んだ。
「はい」
と言いながら 陽音へと歩み寄ると、
「あっ…」
幼い響のために 高さのあるベッドではなく、
可愛らしいアニマル柄の
子ども用の布団が敷かれてあった。
「可愛い…」
「スタッフの子ども達も一緒に来るときがあるから、
置いてあるものだけど」
「そうなんですか。
有難うございます、香大さん」
恵倫子は、
眠ったままの響を素早く着替えさせ、
布団に寝かせると、
恐縮そうに御礼を言った。
「そんな…恐縮しないで。
言ったでしょ、リラックスして って」
陽音は、優しく微笑む。
「でも…、
今日会ったばかりの 見ず知らずの私達に
こんなに親切にしていただいて…」
「僕が、したくてしてるんです」
さりげなく言う、陽音。
“え…、… 僕が…したくて……”
動揺が走る、恵倫子。
「迷惑がられてなければいいのですけど…」
「とんでもないです」
恵倫子は、
直ぐ様 強調し、嬉しく… でもやはり…
「香大さん…、
どうして、
初対面の私達に
こんなに親切にしてくださるのですか?」
恵倫子の問いかけに、陽音は言葉に詰まる。
“今日、初めて見たときから
魅力的なあなたのことが 気になって…”
とは、まだ言えず…
バスルームから
お湯が沸いたことを知らせるメロディが、
鳴り響いた。
「あっ、お風呂が沸きましたね。
さぁ早く、あたたまってください」
陽音は、
そう言って バスタオルを恵倫子に手渡した。
「あっ…」
言われるまま受け取ったバスタオルの
甘めなフラワーのいい香りと
驚く程のふわふわふかふか感に
ふと心奪われ、
恵倫子は、質問した事から気が逸れる。
「それと、これ。僕ので申し訳ないですが」
「あっ。
有難うございます。助かります」
手渡された 陽音のスウェットの上下。
“スウェット、着るんだぁ”
陽音への親近感が湧きながら、
陽音のブライベートスタイルが垣間見えた事と
陽音の服を借りるという現実に
恵倫子は、胸がドキドキした。
問いかけの答えを貰えず
釈然としないままだが、
「その扉を出て、突き当たりです」
と、
バスルームの方向を丁寧な手つきで示し
促す陽音の笑顔に 恵倫子もつられ…
恵倫子は、問いかけを諦めて バスルームへと、
扉の方へ歩みを進めた。
「あっそうだ…、あの、」
恵倫子が部屋を出ようとしたとき、
陽音が、らしくなく緊張気味に言葉を発した。
言うことで 逆に気にしてほしくないなとも思い、
言うか言うまいか 陽音は、一瞬迷ったが……
「あの…、
覗いたりしませんのでね、
安心して入ってください…ね」
急にきごちなく言う陽音に、
恵倫子は思わず笑いそうになり、
声を出して 笑みが零れる。
陽音が言った理由も
安心させようと言ってくれたのだと察し、
陽音の照れ屋な一面も垣間見れて、
心が和んだ。
「はい」
「娘さんは、起こすとかわいそうだから
起きたときに入ったらいいかな」
「有難うございます」
「ごゆっくり」
「お風呂、いただきます」
恵倫子は、
微笑みながら会釈し、バスルームへと向かった。
バスルームへ着くと、恵倫子は、息を呑んだ。
デザイナーズマンションとでもいうのだろうか。
そこは、ガラス張りだった。
思わず息を呑むやら、笑いそうになるやら。
「随分……開放的…」
これでは、覗かない云々以前の問題だ…と、
入るのを躊躇しかけた。
が、
よく見ると、
内側にロールカーテンが設置してあり、
内装を把握する。
“なるほど… あれを下ろせば目隠しになるのね…
良かったぁ…”
恵倫子はホッとし、
今度は余裕綽々に バスルーム全体を眺めた。
手跡も無い ピカピカに磨かれた硝子に、
金色の取っ手。
硝子張りの中の 広々としたスペースには、
敷き詰められた吸水マットが
快適そうな脱衣スペース、
大きな鏡のある ダークワインレッドの洗面台、
その横の隙間に インディゴブルーなトイレ、
窓際には、外国のような
天井に備え付けの
ワイドなシルバーのシャワーヘッド、
水捌けよく滑りにくそうな
スカイブルーのタイルに置かれた、
真っ白なバスタブに…金色の蛇口
まるで、
スイートルームのバスルームのような…
別世界に迷い込んだよう…
そして、
なにより、
憧れの男性が、いつも入っているbath
恵倫子は、夢心地に 中へと入っていった。
ーーー
陽音は、
畳のスペースに寝かせてある
彼女の娘を見守りながら、キッチンに立つ。
彼女のために、
得意なパスタ料理に腕を振るう。
今夜のレシピは、
【ポモドーロのスープパスタ】
大きめトマトを刳り貫いて器のようにし、
その中に
刳り貫いたトマトとキノコを絡めたパスタを入れる
という、アイデア料理。
味付けは、
オリーブオイル 塩胡椒少々に黒胡椒。
そして、白ワインで仕上げ、
刳り貫いたトマトの中によそう。
それを スーププレートの中央に盛り、
その周りに
ブイヨンをベースに、
茄子とブロッコリーとドイツウインナーで作ったスープを注ぎ、
パスタにチーズを削りかけ バジルを添えて
出来上がり。
スープと分けた、
茄子とブロッコリーとドイツウインナーは、
コーンを加えて 別の一品として小鉢に盛った。
自分だけならニンニクも入れるところだが、
女性に気遣って、今夜は省いた。
「よしっ」
陽音は、味見と見栄えに、
“これなら 今夜の御客様に出しても
恥ずかしくないだろう”と、
ガッツポーズする。
そして、
テーブルクロスを敷き、
セッティングを始めた。
恵倫子は、ドライヤーで髪を乾かし終えて、
自分のスウェット姿を
前も後ろも 鏡で確認する。
“わぁ♪大きいなぁ”
自分の手がすっぽりと隠れてしまう袖を
無邪気な子どものように
ぶらんぶらんさせながら、
陽音の服を自分が着てるんだ と、
高揚した。
バスルームを出ると、
廊下には、いい香りが漂っていた。
匂いに引き寄せられるように
リビングへ戻る。
「お先に いただきました」
そう言いながらリビングの扉を入ると、
テーブルには、
美味しそうな料理が
綺麗に並べられてあった。
「わぁ!…」
恵倫子は、感嘆の声を上げる。
陽音は、恵倫子のスエット姿に、
“俺のスエットを着てるのに
こんなに可愛らしいのか”
と、
はにかみが溢れながら………
「ゆっくり入れましたか?」
「はい」
「良かった」
「凄いですね。
これ全部、香大さんが作られたのですか」
「まぁそうです。お口に合うといいのですが」
「美味しそうです。レントランみたい…」
「それほどでも」
「本当に!」
テーブルの上に広がる料理を
胸を熱くしながら眺める、恵倫子。
真っ白なスーププレートに盛られた、
スープパスタ
ワンポイントの小さな薔薇模様が入った、小鉢
それを引き立てるように
そっと飾られた、カラフルなブーケ。
“香大さんのセンス… なんて素敵でお洒落…
やっぱり、違うなぁ…”
「流石、ピアニストですね」
「ぇえ?」
「あまりにもセンスが良くって」
「そうですか?」
「はい、女の私が気後れしそうです」
「そんなに褒めていただいて。
さ、一緒に食べましょう。座ってください」
「あっ、はい」
“一緒に…”
恵倫子は、思わず はにかむ。
響も一緒にと思い、畳のスペースを覗くと、
すやすやと気持ち良さそうに眠っている。
“可愛らしい寝顔…”
「あれから ずっと寝てますよ」
「見ててくださって、有難うございます」
恵倫子の御礼に 陽音は笑顔で応える。
まだ席に座りそうにない陽音の様子に
恵倫子は、
自分だけ座るのも横着な気がして、
作って貰ったのだし、
何か手伝わなければと、気遣う。
“でも…何を手伝おう……
…今は何をなさってるのかな…”
何の用意をしてるのかと、陽音の様子を窺う。
“ていうか、エプロンするんだぁ…
チェックのエプロンなんだぁ…
香大さんのエプロン姿…、可愛い…
こんな姿が見れるなんて、
思ってもなかったなぁ…”
恵倫子は見蕩れて、思わず にやけそうになる。
その視線に気付いて、陽音が視線を合わせた。
“あっ…”
バツの悪い恥ずかしさに 恵倫子は視線を逸らす。
「そういえば、お名前、聞いてませんでしたね」
良い雰囲気を保とうと、
そして、なにより、
気になる女性の名前を 純粋に知りたいと思い、
陽音は、明るい声のトーンで問いかけた。
「あっ、すみません、名乗りもせずに。
高宮恵倫子(たかみやえりこ)と申します」
「恵倫子さん。素敵なお名前ですね」
陽音は、やっと聞けた悦びに 愛しい心境で
恵倫子の名前を噛み締める。
「あっ、…。有難うございます」
恵倫子は、憧れの人に自分の名前を
素敵だと言われて、照れくさいながらも
光栄な心境になった。
「娘は、響(ゆら)です。響と書いて、ゆら」
「響と書いて ゆらちゃん。
これまた、素敵なお名前だ!」
「有難うございますっ」
愛娘の名前を素敵だと言われて、
恵倫子は、幸せな気持ちになった。
「なんだか…」
陽音は、何かを言いかけて… 言葉を濁した。
「え…?」
「あっいや…」
“響 って、まさに音楽ですよね。
僕たちは、縁がありますね”
と、
陽音は、嬉しくなって
思わず言いそうになった…
が…
初対面で言うには いきなり過ぎる気がして、
それに、
恵倫子に対して個人的な感情を抱いている
自分にとっては 余計に抵抗があり…
陽音は、
言葉を濁したまま
その会話をフェードアウトした。
そんな陽音に違和感を感じたが、
恵倫子は、すぐに気にも留めず。
何か手伝おうと、
キッチンの陽音へと歩み寄った。
正面には、
壁一面、天井にまである雄大な窓が、
まるで
夜景を切り取ったキャンバスのよう、
自然な絵画を掲げている。
“綺麗…… なんてお洒落なの…”
自然な絵画を眺めながら
溜息交じりに部屋へと入ると、
豪華絢爛でキラキラしたエントランスとは、
また違った
モノトーンな空間が広がっていた。
広々としたスペースのなかで
仕事スペースとプライベート空間が、
半々に 分かれている感じ。
会議のためのような
アンティークな縦長テーブルと沢山の椅子、
そして、
その奥向こうには…、
凛と黒艶めく、グランドピアノが見えた。
“わぁ!… 香大さんの ピアノがある…”
陽音の自宅にある、陽音のグランドピアノ。
“あれを弾いてるんだぁ…
あれが………香大さん愛用のピアノ…”
毎日、
あそこに座って弾いている陽音の姿が、
リアルに想像できる。
“香大さんの…大切なもの…”
個人的なものを見たという実感に、
恵倫子の心は、昂った。
恵倫子が、
大きなバッグと響を抱きかかえたまま
雰囲気のある部屋に 見蕩れていると、
「こっちで寛いでてください。
御風呂、すぐに沸きますからね」
と、
陽音は、恵倫子を
モノトーンの部屋の一角にある
畳のスペースへと呼んだ。
「はい」
と言いながら 陽音へと歩み寄ると、
「あっ…」
幼い響のために 高さのあるベッドではなく、
可愛らしいアニマル柄の
子ども用の布団が敷かれてあった。
「可愛い…」
「スタッフの子ども達も一緒に来るときがあるから、
置いてあるものだけど」
「そうなんですか。
有難うございます、香大さん」
恵倫子は、
眠ったままの響を素早く着替えさせ、
布団に寝かせると、
恐縮そうに御礼を言った。
「そんな…恐縮しないで。
言ったでしょ、リラックスして って」
陽音は、優しく微笑む。
「でも…、
今日会ったばかりの 見ず知らずの私達に
こんなに親切にしていただいて…」
「僕が、したくてしてるんです」
さりげなく言う、陽音。
“え…、… 僕が…したくて……”
動揺が走る、恵倫子。
「迷惑がられてなければいいのですけど…」
「とんでもないです」
恵倫子は、
直ぐ様 強調し、嬉しく… でもやはり…
「香大さん…、
どうして、
初対面の私達に
こんなに親切にしてくださるのですか?」
恵倫子の問いかけに、陽音は言葉に詰まる。
“今日、初めて見たときから
魅力的なあなたのことが 気になって…”
とは、まだ言えず…
バスルームから
お湯が沸いたことを知らせるメロディが、
鳴り響いた。
「あっ、お風呂が沸きましたね。
さぁ早く、あたたまってください」
陽音は、
そう言って バスタオルを恵倫子に手渡した。
「あっ…」
言われるまま受け取ったバスタオルの
甘めなフラワーのいい香りと
驚く程のふわふわふかふか感に
ふと心奪われ、
恵倫子は、質問した事から気が逸れる。
「それと、これ。僕ので申し訳ないですが」
「あっ。
有難うございます。助かります」
手渡された 陽音のスウェットの上下。
“スウェット、着るんだぁ”
陽音への親近感が湧きながら、
陽音のブライベートスタイルが垣間見えた事と
陽音の服を借りるという現実に
恵倫子は、胸がドキドキした。
問いかけの答えを貰えず
釈然としないままだが、
「その扉を出て、突き当たりです」
と、
バスルームの方向を丁寧な手つきで示し
促す陽音の笑顔に 恵倫子もつられ…
恵倫子は、問いかけを諦めて バスルームへと、
扉の方へ歩みを進めた。
「あっそうだ…、あの、」
恵倫子が部屋を出ようとしたとき、
陽音が、らしくなく緊張気味に言葉を発した。
言うことで 逆に気にしてほしくないなとも思い、
言うか言うまいか 陽音は、一瞬迷ったが……
「あの…、
覗いたりしませんのでね、
安心して入ってください…ね」
急にきごちなく言う陽音に、
恵倫子は思わず笑いそうになり、
声を出して 笑みが零れる。
陽音が言った理由も
安心させようと言ってくれたのだと察し、
陽音の照れ屋な一面も垣間見れて、
心が和んだ。
「はい」
「娘さんは、起こすとかわいそうだから
起きたときに入ったらいいかな」
「有難うございます」
「ごゆっくり」
「お風呂、いただきます」
恵倫子は、
微笑みながら会釈し、バスルームへと向かった。
バスルームへ着くと、恵倫子は、息を呑んだ。
デザイナーズマンションとでもいうのだろうか。
そこは、ガラス張りだった。
思わず息を呑むやら、笑いそうになるやら。
「随分……開放的…」
これでは、覗かない云々以前の問題だ…と、
入るのを躊躇しかけた。
が、
よく見ると、
内側にロールカーテンが設置してあり、
内装を把握する。
“なるほど… あれを下ろせば目隠しになるのね…
良かったぁ…”
恵倫子はホッとし、
今度は余裕綽々に バスルーム全体を眺めた。
手跡も無い ピカピカに磨かれた硝子に、
金色の取っ手。
硝子張りの中の 広々としたスペースには、
敷き詰められた吸水マットが
快適そうな脱衣スペース、
大きな鏡のある ダークワインレッドの洗面台、
その横の隙間に インディゴブルーなトイレ、
窓際には、外国のような
天井に備え付けの
ワイドなシルバーのシャワーヘッド、
水捌けよく滑りにくそうな
スカイブルーのタイルに置かれた、
真っ白なバスタブに…金色の蛇口
まるで、
スイートルームのバスルームのような…
別世界に迷い込んだよう…
そして、
なにより、
憧れの男性が、いつも入っているbath
恵倫子は、夢心地に 中へと入っていった。
ーーー
陽音は、
畳のスペースに寝かせてある
彼女の娘を見守りながら、キッチンに立つ。
彼女のために、
得意なパスタ料理に腕を振るう。
今夜のレシピは、
【ポモドーロのスープパスタ】
大きめトマトを刳り貫いて器のようにし、
その中に
刳り貫いたトマトとキノコを絡めたパスタを入れる
という、アイデア料理。
味付けは、
オリーブオイル 塩胡椒少々に黒胡椒。
そして、白ワインで仕上げ、
刳り貫いたトマトの中によそう。
それを スーププレートの中央に盛り、
その周りに
ブイヨンをベースに、
茄子とブロッコリーとドイツウインナーで作ったスープを注ぎ、
パスタにチーズを削りかけ バジルを添えて
出来上がり。
スープと分けた、
茄子とブロッコリーとドイツウインナーは、
コーンを加えて 別の一品として小鉢に盛った。
自分だけならニンニクも入れるところだが、
女性に気遣って、今夜は省いた。
「よしっ」
陽音は、味見と見栄えに、
“これなら 今夜の御客様に出しても
恥ずかしくないだろう”と、
ガッツポーズする。
そして、
テーブルクロスを敷き、
セッティングを始めた。
恵倫子は、ドライヤーで髪を乾かし終えて、
自分のスウェット姿を
前も後ろも 鏡で確認する。
“わぁ♪大きいなぁ”
自分の手がすっぽりと隠れてしまう袖を
無邪気な子どものように
ぶらんぶらんさせながら、
陽音の服を自分が着てるんだ と、
高揚した。
バスルームを出ると、
廊下には、いい香りが漂っていた。
匂いに引き寄せられるように
リビングへ戻る。
「お先に いただきました」
そう言いながらリビングの扉を入ると、
テーブルには、
美味しそうな料理が
綺麗に並べられてあった。
「わぁ!…」
恵倫子は、感嘆の声を上げる。
陽音は、恵倫子のスエット姿に、
“俺のスエットを着てるのに
こんなに可愛らしいのか”
と、
はにかみが溢れながら………
「ゆっくり入れましたか?」
「はい」
「良かった」
「凄いですね。
これ全部、香大さんが作られたのですか」
「まぁそうです。お口に合うといいのですが」
「美味しそうです。レントランみたい…」
「それほどでも」
「本当に!」
テーブルの上に広がる料理を
胸を熱くしながら眺める、恵倫子。
真っ白なスーププレートに盛られた、
スープパスタ
ワンポイントの小さな薔薇模様が入った、小鉢
それを引き立てるように
そっと飾られた、カラフルなブーケ。
“香大さんのセンス… なんて素敵でお洒落…
やっぱり、違うなぁ…”
「流石、ピアニストですね」
「ぇえ?」
「あまりにもセンスが良くって」
「そうですか?」
「はい、女の私が気後れしそうです」
「そんなに褒めていただいて。
さ、一緒に食べましょう。座ってください」
「あっ、はい」
“一緒に…”
恵倫子は、思わず はにかむ。
響も一緒にと思い、畳のスペースを覗くと、
すやすやと気持ち良さそうに眠っている。
“可愛らしい寝顔…”
「あれから ずっと寝てますよ」
「見ててくださって、有難うございます」
恵倫子の御礼に 陽音は笑顔で応える。
まだ席に座りそうにない陽音の様子に
恵倫子は、
自分だけ座るのも横着な気がして、
作って貰ったのだし、
何か手伝わなければと、気遣う。
“でも…何を手伝おう……
…今は何をなさってるのかな…”
何の用意をしてるのかと、陽音の様子を窺う。
“ていうか、エプロンするんだぁ…
チェックのエプロンなんだぁ…
香大さんのエプロン姿…、可愛い…
こんな姿が見れるなんて、
思ってもなかったなぁ…”
恵倫子は見蕩れて、思わず にやけそうになる。
その視線に気付いて、陽音が視線を合わせた。
“あっ…”
バツの悪い恥ずかしさに 恵倫子は視線を逸らす。
「そういえば、お名前、聞いてませんでしたね」
良い雰囲気を保とうと、
そして、なにより、
気になる女性の名前を 純粋に知りたいと思い、
陽音は、明るい声のトーンで問いかけた。
「あっ、すみません、名乗りもせずに。
高宮恵倫子(たかみやえりこ)と申します」
「恵倫子さん。素敵なお名前ですね」
陽音は、やっと聞けた悦びに 愛しい心境で
恵倫子の名前を噛み締める。
「あっ、…。有難うございます」
恵倫子は、憧れの人に自分の名前を
素敵だと言われて、照れくさいながらも
光栄な心境になった。
「娘は、響(ゆら)です。響と書いて、ゆら」
「響と書いて ゆらちゃん。
これまた、素敵なお名前だ!」
「有難うございますっ」
愛娘の名前を素敵だと言われて、
恵倫子は、幸せな気持ちになった。
「なんだか…」
陽音は、何かを言いかけて… 言葉を濁した。
「え…?」
「あっいや…」
“響 って、まさに音楽ですよね。
僕たちは、縁がありますね”
と、
陽音は、嬉しくなって
思わず言いそうになった…
が…
初対面で言うには いきなり過ぎる気がして、
それに、
恵倫子に対して個人的な感情を抱いている
自分にとっては 余計に抵抗があり…
陽音は、
言葉を濁したまま
その会話をフェードアウトした。
そんな陽音に違和感を感じたが、
恵倫子は、すぐに気にも留めず。
何か手伝おうと、
キッチンの陽音へと歩み寄った。