struck symphony
時間(とき)は、少し戻り ーー
客室は寝静まり、静かなホテルのロビー
ロビーの一角に、
薄明に
ネオンカラーなブルーに煌めく ワイドな水槽
その脇に
アンティーク調な門構えの バーがある。
店内にスクリーンのある、
映画が観れるショットバー
【映酔館】(えいすいかん)
店内装飾は、
渋色煉瓦の暖炉、年代物の木目に 壁掛けランプ…
まるで、西洋の昔に タイムスリップしたよう。
西洋古風や映画好きには たまらない御店だが、
勿論、お酒好きには たまらない御店だ。
アンティーク調の店内で 一際目立つ、
銘柄ボトルが、
展示品の様に綺麗に並べられた光景は、圧巻だ。
そんな趣深い店内で…
夜明け前…
カウンターで、酔い潰れる ひとりの女性がいた。
見兼ねた男性が、声を掛ける。
「呑みすぎだよ」
男性は、女性の隣に腰掛けた。
そして、
今夜の開演を控えているため、
店への礼儀に コニャックを一杯だけ頼む。
その気配を感じたか否か。
女性は、応答もせず、ぴくりともせず、
カウンターに顔を伏せている。
男性は、流石に心配になり、
女性の肩を ポンポンと軽く叩きながら、
声掛けを続けた。
「今日のコンサート、大丈夫なのか?
午後からリハだぞ! ミア!」
流石に気づき、
ミアは、徐に顔を上げた。
「…なによ… …桐ヶ谷…。。」
ミアの目は、真っ赤になっていた。
「そんなになる程…、
…まぁ確かに… 香大さんは、いい男だけど」
なんとなく、
いつも ミアを気に掛けている、この男性の名は、
桐ヶ谷翔真(きりがやしょうま)。
ミアと同様、ピアニスト香大陽音の
サポートメンバーとしてツアーに同行している、
コンドラバス奏者である。
さっき
通路でミアの声を耳にしたとき、
部屋を後にする陽音を追い掛け
後ろ姿を寂しげに見つめるミアを目撃した、桐ヶ谷。
一旦は、
自分の部屋に戻ったが、
もしや… と、ミアを気に掛けて、バーに来てみた。
すると、
案の定な光景で…
「お前さ~、
香大さんのことで ひとりで傷心して、
その度に、呑んで 酔い潰れて」
「お前…って呼ぶな…。
なんであんたに
お前呼ばわりされなきゃなんないのよ…」
真っ赤な目が 虚ろになる、ミア。
「おいおい…。今日 本番あるんだぞ。
ちゃんと出来るのか?
御客様の前で 失敗は許されないぞ。
香大さんにも 迷惑は掛けられないっ」
「今………その名前…出すな…」
ミアは また、顔を伏せる。
「まったく…。
どうせ呑むなら、
いつものように 皆で呑めば良かっただろ。
そうすれば、
ミアらしさで乗り切れたんじゃないか?」
ミアは、顔を伏せたまま 桐ヶ谷に尋ねる。
「私らしさって?」
桐ヶ谷が、薄笑いを浮かべる。
「がさつで 馴れ馴れしくて 騒がしい」
「なっ!…」
ミアは、心外な面持ちで 桐ヶ谷を見上げる。
「なんだよ。違うか?」
「あんたさ~…。
私に嫌なこと言いたくて話し掛けてる?
なら…、どっか行ってよ」
「おっ、だんだんミアらしさが戻ってきたな」
「ぇえ?」
“こいつは… …わざとしてる?…
…何故?… …、?…”
ミアは、それを考えることも
自分の心境が 暗くなっていたことにも
なんだか面倒臭くなって、
大きな溜め息とともに、
急にスッキリした表情で 顔を上げた。
それを見た桐ヶ谷は、笑っている。
胸の内では安堵しながら。
桐ヶ谷の胸の内など ミアは、知る由もなく。
「あんた、ほんとむかつくわ」
ミアに言われて 桐ヶ谷は、あっけらかんと笑う。
「あっ、そっか!
馴れ馴れしいのは、
大好きな香大さんに対してだけか。
気持ちのまんま。で、いちいち香大さんの
態度に傷心して、繊細すぎる。
素直だよなぁ。
向こうは、お前に気が無いんだから
しょうがないのになぁ」
「なっ!?そこまで…」
図星の様な反応のミアに、
桐ヶ谷は、自然か わざとか
虚無を秘め、
からかうような意地悪な表情をした。
“そこまで言う?…そんなはっきり言う?
関係ない奴が…
…陽音が…私に気が無いのなんて…、
あんたに言われなくても!…”
ミアは、言い返そうとした。
が、
口に出すと 実感してしまいそうで…
ミアは、何も言わず、
不貞腐れ顔のまま 桐ヶ谷から顔を背けた。
桐ヶ谷は、人知れず ニヒルな笑みながらも、
ミアの反応を面白がっているよう。
「なによ………
好きだから……傷つくんじゃない…
…あんたは… そんな想い…したことない っていうの?…」
「ん?なに?」
ミアが ぽつりと言ったので、
桐ヶ谷には、聞こえなかった様子。
「なんでもない」
「あっそう。
それにしても、
ミアの弾くハープは、繊細だよなぁ~、
性格とは真逆で。
騒がしい奴から
よくまぁ~あんな繊細な音が出るもんだ。
感心する」
「…、ほらね」
「ん?」
「あんたもそう。
皆、私をそう見てるから、
だから、
今日みたいなときは、一緒に呑めないの!
私は、素を出してるつもりよ。
奏でるときも、なんら変わらない。
いつだって、そのまんま。
でも…、
誰も私を そうは見ない。
今日みたいなときがあると、意外だ!って、
今日はどうした?って 騒ぐじゃない。
それが煩い!
明るく振る舞ったり、騒いだり…、
人間、
そんなんばかりじゃないじゃんっ、
なのにさ…
そうじゃないと、同調してくれないの?…って
思う…
誰も…
ほんとの私を わかってくれないだけ…
ひとりで呑みたくて 呑んでるんじゃないわよ…」
「酔ってないな。
泣き潰れてただけか」
「はぁ?」
“話を聞いてるのか?こいつは…”
ミアは、もうどうでも良くなって、席を立とうとした。
「わかってるよ。
だからさっき、俺が先に そう言っただろ?
お前は、いつだってそのまんまで 繊細な人だ って。
ハープの音に現れてるまんま」
「ぇえ?…」
ミアは、不思議そうに桐ヶ谷を見た。
すると、
桐ヶ谷は、
なんとも優しい眼差しで ミアを見つめていた。
さっきとは、まるで別人。
“なに…?…
なんなの…
…わざと、してた?…
何故? … …元気付ける、つもりで?…”
不思議そうな表情のミアに、
桐ヶ谷は、
優しい微笑みで 言った。
「今度こういうことがあったら、
俺が付き合ってやるよ。
ミアの素を知ってるから、今更 驚かないからな」
“なんなのよ… …さっきの意地悪な口調とは…
…全然違うじゃない…”
ミアは、意外な成り行きに 呆然となった…
芳醇のなかで ミュールレザンが… 薫交した…
ーー
客室は寝静まり、静かなホテルのロビー
ロビーの一角に、
薄明に
ネオンカラーなブルーに煌めく ワイドな水槽
その脇に
アンティーク調な門構えの バーがある。
店内にスクリーンのある、
映画が観れるショットバー
【映酔館】(えいすいかん)
店内装飾は、
渋色煉瓦の暖炉、年代物の木目に 壁掛けランプ…
まるで、西洋の昔に タイムスリップしたよう。
西洋古風や映画好きには たまらない御店だが、
勿論、お酒好きには たまらない御店だ。
アンティーク調の店内で 一際目立つ、
銘柄ボトルが、
展示品の様に綺麗に並べられた光景は、圧巻だ。
そんな趣深い店内で…
夜明け前…
カウンターで、酔い潰れる ひとりの女性がいた。
見兼ねた男性が、声を掛ける。
「呑みすぎだよ」
男性は、女性の隣に腰掛けた。
そして、
今夜の開演を控えているため、
店への礼儀に コニャックを一杯だけ頼む。
その気配を感じたか否か。
女性は、応答もせず、ぴくりともせず、
カウンターに顔を伏せている。
男性は、流石に心配になり、
女性の肩を ポンポンと軽く叩きながら、
声掛けを続けた。
「今日のコンサート、大丈夫なのか?
午後からリハだぞ! ミア!」
流石に気づき、
ミアは、徐に顔を上げた。
「…なによ… …桐ヶ谷…。。」
ミアの目は、真っ赤になっていた。
「そんなになる程…、
…まぁ確かに… 香大さんは、いい男だけど」
なんとなく、
いつも ミアを気に掛けている、この男性の名は、
桐ヶ谷翔真(きりがやしょうま)。
ミアと同様、ピアニスト香大陽音の
サポートメンバーとしてツアーに同行している、
コンドラバス奏者である。
さっき
通路でミアの声を耳にしたとき、
部屋を後にする陽音を追い掛け
後ろ姿を寂しげに見つめるミアを目撃した、桐ヶ谷。
一旦は、
自分の部屋に戻ったが、
もしや… と、ミアを気に掛けて、バーに来てみた。
すると、
案の定な光景で…
「お前さ~、
香大さんのことで ひとりで傷心して、
その度に、呑んで 酔い潰れて」
「お前…って呼ぶな…。
なんであんたに
お前呼ばわりされなきゃなんないのよ…」
真っ赤な目が 虚ろになる、ミア。
「おいおい…。今日 本番あるんだぞ。
ちゃんと出来るのか?
御客様の前で 失敗は許されないぞ。
香大さんにも 迷惑は掛けられないっ」
「今………その名前…出すな…」
ミアは また、顔を伏せる。
「まったく…。
どうせ呑むなら、
いつものように 皆で呑めば良かっただろ。
そうすれば、
ミアらしさで乗り切れたんじゃないか?」
ミアは、顔を伏せたまま 桐ヶ谷に尋ねる。
「私らしさって?」
桐ヶ谷が、薄笑いを浮かべる。
「がさつで 馴れ馴れしくて 騒がしい」
「なっ!…」
ミアは、心外な面持ちで 桐ヶ谷を見上げる。
「なんだよ。違うか?」
「あんたさ~…。
私に嫌なこと言いたくて話し掛けてる?
なら…、どっか行ってよ」
「おっ、だんだんミアらしさが戻ってきたな」
「ぇえ?」
“こいつは… …わざとしてる?…
…何故?… …、?…”
ミアは、それを考えることも
自分の心境が 暗くなっていたことにも
なんだか面倒臭くなって、
大きな溜め息とともに、
急にスッキリした表情で 顔を上げた。
それを見た桐ヶ谷は、笑っている。
胸の内では安堵しながら。
桐ヶ谷の胸の内など ミアは、知る由もなく。
「あんた、ほんとむかつくわ」
ミアに言われて 桐ヶ谷は、あっけらかんと笑う。
「あっ、そっか!
馴れ馴れしいのは、
大好きな香大さんに対してだけか。
気持ちのまんま。で、いちいち香大さんの
態度に傷心して、繊細すぎる。
素直だよなぁ。
向こうは、お前に気が無いんだから
しょうがないのになぁ」
「なっ!?そこまで…」
図星の様な反応のミアに、
桐ヶ谷は、自然か わざとか
虚無を秘め、
からかうような意地悪な表情をした。
“そこまで言う?…そんなはっきり言う?
関係ない奴が…
…陽音が…私に気が無いのなんて…、
あんたに言われなくても!…”
ミアは、言い返そうとした。
が、
口に出すと 実感してしまいそうで…
ミアは、何も言わず、
不貞腐れ顔のまま 桐ヶ谷から顔を背けた。
桐ヶ谷は、人知れず ニヒルな笑みながらも、
ミアの反応を面白がっているよう。
「なによ………
好きだから……傷つくんじゃない…
…あんたは… そんな想い…したことない っていうの?…」
「ん?なに?」
ミアが ぽつりと言ったので、
桐ヶ谷には、聞こえなかった様子。
「なんでもない」
「あっそう。
それにしても、
ミアの弾くハープは、繊細だよなぁ~、
性格とは真逆で。
騒がしい奴から
よくまぁ~あんな繊細な音が出るもんだ。
感心する」
「…、ほらね」
「ん?」
「あんたもそう。
皆、私をそう見てるから、
だから、
今日みたいなときは、一緒に呑めないの!
私は、素を出してるつもりよ。
奏でるときも、なんら変わらない。
いつだって、そのまんま。
でも…、
誰も私を そうは見ない。
今日みたいなときがあると、意外だ!って、
今日はどうした?って 騒ぐじゃない。
それが煩い!
明るく振る舞ったり、騒いだり…、
人間、
そんなんばかりじゃないじゃんっ、
なのにさ…
そうじゃないと、同調してくれないの?…って
思う…
誰も…
ほんとの私を わかってくれないだけ…
ひとりで呑みたくて 呑んでるんじゃないわよ…」
「酔ってないな。
泣き潰れてただけか」
「はぁ?」
“話を聞いてるのか?こいつは…”
ミアは、もうどうでも良くなって、席を立とうとした。
「わかってるよ。
だからさっき、俺が先に そう言っただろ?
お前は、いつだってそのまんまで 繊細な人だ って。
ハープの音に現れてるまんま」
「ぇえ?…」
ミアは、不思議そうに桐ヶ谷を見た。
すると、
桐ヶ谷は、
なんとも優しい眼差しで ミアを見つめていた。
さっきとは、まるで別人。
“なに…?…
なんなの…
…わざと、してた?…
何故? … …元気付ける、つもりで?…”
不思議そうな表情のミアに、
桐ヶ谷は、
優しい微笑みで 言った。
「今度こういうことがあったら、
俺が付き合ってやるよ。
ミアの素を知ってるから、今更 驚かないからな」
“なんなのよ… …さっきの意地悪な口調とは…
…全然違うじゃない…”
ミアは、意外な成り行きに 呆然となった…
芳醇のなかで ミュールレザンが… 薫交した…
ーー