struck symphony
演奏者たちは、
余韻嫋々に ステージを降りてゆく。


陽音は、響き渡る歓声と拍手を聴きながら、
幕の閉じたステージで、
感謝を胸に 深々と一礼をしている。

そして、余韻に浸りながら、
いつものように
親愛を込めて ピアノにハグをして、
ステージを降りた。



歩幅バラバラながらも
ツアーの成功という共通な手応えに
共演者は皆、いい顔をしている。


そんな 楽屋へと戻る通路で、

「ミアっ」

と、陽音は、急に呼び止めた。


ミアは振り返り、真顔な陽音に、不思議に思う。

他の奏者は、そのまま楽屋へと歩いて行ったが、
前を歩いていた桐ヶ谷は、
ミアを気にして立ち止まり 様子を見ている。


「何?」

伺いながら、いつにない真顔な陽音に、
ミアは、考える。


“なに、…なんだろう?

あっ…、。。

…もしかして、 呑んだのが、バレた!?”



ミア自身は、とっくに酔いはなかった。

無いどころか、寧ろ、
スッキリし過ぎて、
お陰で 良い演奏が出来た、と感じていた。

しかし、
端の目には どう映るかわからないもの。


特に、陽音は、音となると 鋭く、容赦ない。



“自己満足な演奏をしてしまったか…”


陽音のコンサートを台無しにした…と、
ミアは、焦った。


ミアの状況を知っていた桐ヶ谷も、
同じことを想像しながら、
ミアを気に掛ける想いで、この状況を見守る。


緊迫感のなか、
苦情や苦言なのだと覚悟するミアを前にして、
陽音から出た言葉は………




「ミア。今日は特に、いい演奏をしてたなぁ」



だった。



思いも寄らない 真逆な言葉に、
ミアは、唖然とする。


意外な展開に 言葉が出ないミアに、

「なに驚いてるんだよ」

と、陽音は笑いながら、

「どんな良いことがあったかは 聞かないが、」

と、ミアに信頼の言葉を贈った。


「あ…、 ありがとう。

こちらこそ、これからも よろしく」


陽音は、
ミアと固く握手を交わし ゆっくりと歩き出し、
端で立ち尽くす桐ヶ谷にも
通りすがりに手を差し出して 握手を交わすと、
その場から立ち去った。


ホッと胸を撫で下ろしながらも、驚愕なままに
陽音の背中を見送るミアに、桐ヶ谷は 歩み寄った。

そして、
労うように、ミアの肩を 軽く叩く。


ミアと桐ヶ谷は、顔を見合わせて
安堵を分かち合いながら、微笑み合った。







心溶かす… 漂う吟醸香のように…





ーー









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