struck symphony
大ホールの扉を出て
アンティーク調なエントランスを出口へと向かうと、

外は、激しい雨風となっていた。


恵倫子は、
傘を持って来なかったことに後悔しながらも、
傘をさしても
ずぶ濡れになりそうな横なぶりの雨に、
響が濡れて 風邪をひいてはいけない と、
気持ちを切り替える。


「ゆら、雨が止むのを待とうか」

「うん」


響を エントランスの椅子に座らせて、
恵倫子も隣に腰掛ける。

出口に向かう人の流れや
雨に躊躇する人達を見渡しながら、
開閉する硝子扉から聴こえる
激しい雨音に耳を寄せ、雨降る景色を眺めた。




“ほんと… あの日みたい…”


でも、
あの日とは、ひとつ違う。


心に 哀しみなど 全くない。


響と一緒に観れたこと、
陽音が 自分を想って作ってくれた曲が聴けたこと、
しかも、生で…


恵倫子は、感銘に胸に手を宛がう。


「ママ、どうしたの?胸が痛い?」

周りをよく見ている響は、恵倫子の仕草にも
すぐに気づき、心配する。


「ううん。嬉しいんだよ。
心配してくれたの?ありがとう、ゆら」

響にもわかる言葉で伝える。

響は、安心したようで 可愛らしい笑顔を見せた。


「あっ、
ゆら、おトイレは?」

「行かない」

「行かなくて大丈夫?」

響は、大きく頷いた。




そんな、ちょうど今話題に出た 御手洗いでは…


化粧スペースで鏡に向かいながら、
こんな会話をしている 若い女性たちがいた ーー



「ねぇ、気づいた?」

「何が?」

「あれは、 誰かを見てた」

「誰か? なに、何の話?」

「ほらぁ、
香大さん、じーっと見てたでしょ、2階席。
こうやって見上げて じーっと。
気づかなかった?」

「あぁ~。なんかあったんじゃないの?照明とか」

「いや、あれは違うね。女だ。
視線辿って見上げてみたらさ~、
明らかに他の人とは違う、
しっかり見つめ返してる女がいたのよ」

「ぇえ?」

「それでまた香大さんを見たらさ~
まだじーっと見上げてて、
これって~、見つめ合ってるやん!って。
初めて見たぁ~ 香大さんの あんな眼差し」

「ぇえ!?考えすぎじゃな~い?」

「いや、
あの眼差しは、只ならぬって感じだった。
私、今まで何回もコンサートを観にきてるからね。
だから、すぐに気づいちゃったんだよね。
あんな香大さん、ほんと初めて見た」

「ぇえー!!
それがホントなら 泣くぅ~!」

「わたしもぉ~」

「どんな人だった?」

「まぁ~… 綺麗な人だった」

「ぇえ~?!やだぁ~」

「ねぇ~」



ーーー




そんな事とは露知らず…

恵倫子は、響とともに 雨上がりを待つ…








出たがりな橋が… 夜空から 豪雲に窺う…





激しさからの 一滴が、透明に 葉を奏でた





ーー








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