struck symphony
陽音との会話から、楽しみを胸に
ミアは、小腹がすいて、
料理が並ぶテーブルへと向かう。


テーブルの側で
料理を選んでいる桐ヶ谷を見付けて、
ミアは、歩み寄った。


「なに食べるの?」

「あぁ…。 迷ってる」

「そっか」


気のせいか、
桐ヶ谷が、なんだか素っ気ない気がして…


“あっ、そう言えば、あれから…
今初めて喋った…”



あの日、映画を一緒に観た後から、
なんとなく
桐ヶ谷の様子が、違う気がして…


「ねぇ」

「ぁあ?」


桐ヶ谷は、料理の方を向いたまま 返事をする。



“ほら、この返事。ぁあ?とか聞いたことない。
こっちを見ないし。やっぱり、変!”



「なんか、怒ってる?」

ハッキリと言わない男は嫌いで、
ミアは、強い口調で言った。



“ん…、怒ってるというか… ”

桐ヶ谷は、そう心で呟きながら、
ミアを苛立たせるつもりはないので、
料理を取る手を止めて、ミアの方へ向いた。


ミアは、長身の桐ヶ谷を見上げ、
真っ直ぐに見つめて、言葉を待つ。


桐ヶ谷は、ミアの眼差しに
恥ずかしさに耐えられず、視線を落とした。
そして、じっと考え込む。


“映画館で痛かったのは…、良しとしよう。
ひと言も触れずにケロッとしていたミアに
あのときはムカッとしたけど…まぁ…
たいしたことじゃない。

でも、さっきのはなんだ。
香大さんと、あんなに楽しそうにしやがって…



…でも、俺達は付き合ってるわけじゃない…”




俺がどうこう言う権利は無い、
ミアの自由だ…と思い、
桐ヶ谷は、私情を胸に秘めた。


「なんでもない。
気を悪くしたなら…悪かった」


そう言って、桐ヶ谷は、ミアから離れた。

「ちょっ…」

桐ヶ谷は、振り向きもせずに
賑わう人々の間を
スタスタと何処かへ行ってしまった。


「なんなのよ…」

「どうかしたの?ミアちゃん」

コンガ&ウインドチャイム奏者のラウールが、
陽気にミアに話し掛けた。

陽気なラウールにつられて、
ミアの心境が明るくなる。


「あぁ~ラウ♪」

「最高に素敵なツアーだったね~」

「そうね~!」

「それに~、
香大さんに素敵な出逢いがあったそうで♪」

「ね~♪仲間として 嬉しいよねぇ~♪」

「乾杯しましょう♪」

ラウールは、
シャンパングラスをミアに差し出す。


「ありがとっ。うんっ乾杯しましょっ♪」

ミアは、グラスを受け取り、

ミアとラウールは、
ワールドツアーの成功と 仲間の幸福に
乾杯をした。


「¡Salud(サルー)」

「¡Salud(サルー)」


すると、
近くで会話をしていた、
ヴィオラ奏者の 帋川、
グロッケンシュピール奏者の 白鷺、
スタッフたちも加わり、一緒に乾杯をした。


そして、
初のワールドツアーの成功を歓喜したり、
陽音の恋愛を祝福、
ツアーで回った各国の思い出や
感動的に話に 花が咲いた。



盛り上がるなかで、ミアは、
やはり、桐ヶ谷のことが気に掛かり…


程よいところで、話の輪から離れ、
賑わう大広間内を探したが、桐ヶ谷の気配はなく、
ミアは、扉を出てみた。


ロビーに出てみると、
桐ヶ谷は、窓際に座り、窓の外を眺めながら、ひとり静かに飲んでいた。


“なに… らしくもない…”

ミアは、そっと歩み寄り、声を掛けた。

「なんでこんな所に居るの?」


桐ヶ谷は、ミアにハッとして バツの悪い顔をした。


「なんでそんな顔するのよ。私が来ちゃ悪かった?」

「あっ…いや。
びっくりしただけ。
俺のことなんか頭になくて、
皆と盛り上がってるだろうなぁと思ってたから」

「なによ。 …心配したんだから」

「心配?」

桐ヶ谷は、意外ながらも 嬉しかった。


「座っていい?」


「あ…、あぁ」


窓の外には、
青くライトアップされた和風庭が…。


「綺麗…」

窓の外を眺める ミアの横顔が、
光りも灌がれて
綺麗で…


桐ヶ谷は、見蕩れそうなり、視線を逸らした。


そして、
香大を好きなミアに 本気になってしまって…
辛さを噛み締める…



「私が落ち込んでるとき…」

ミアが、外を眺めたまま 静かに語り始めた。

桐ヶ谷は、ミアへと視線を戻す。



「いつも桐ヶ谷が現れて、慰めてくれて、
傍にいてくれたよね。

今は、桐ヶ谷が 落ち込んでる。
珍しいよね」



“…落ち込んでる?… …この…沈む気持ち…
そっか… 俺…。ミアは…気付いてくれてたんだ…”



ミアの言葉が、続く…

桐ヶ谷の方を向きながら…



「珍しいから、余計に気になっちゃって…
今度は、私が慰められたらな…って。お返しっ」


“…お返し…か … ”


桐ヶ谷は、
浮かれそうになった心に ブレーキを掛ける。



ミアは、
自分の恋心を打ち明けた気分に
心地良さを感じていた。

そして、
“…桐ヶ谷は、どう思っただろう…”
と、内心…どきどきする…



ふたりの感じ方が、ずれているとも知らずに…





ふたりの間に沈黙が流れ、
桐ヶ谷は、低いトーンで 口を開いた。


「…同情とか要らねーから…」


“え… ”


予想外な冷たい口調に、ミアの心が
沈んでゆく…

期待して言葉とは、あまりにも
かけ離れていて…



「どうして…

どうして 今日は… そんなに… 冷たいの?」



“えっ… ”

桐ヶ谷は、ミアの涙声に 気付く。

でも… 言葉に詰まり…




「今日は… ずっと そんな感じ…

冷たくされてる…

それでも…気になるから… 話し掛けたのに…」



“気になる?… 俺を?…
…落ち込むのが珍しいから…じゃなくて…?…”




「なんか言ってよ…

…私を避けたい?… …嫌いになった?」



「嫌いになんかっならないよっ」

桐ヶ谷は、やっと ミアの目を
ちゃんと見て言った。
これは、ハッキリと告げた。



「じゃあ… なんで?…」


ミアは、目に涙をいっぱい溜めながら
桐ヶ谷を見つめる…



“…やべぇ… ”


桐ヶ谷は、ミアの涙が、堪らず…


「お前… なんで泣いてんだよ… 泣くなよ」

「だって…」

「だってじゃねーよ」


“…もう… わけわかんねぇ…”


「じゃあ、おしえてよっ、嫌いじゃないなら、
なんで!?」


「………」


「おしえてくれたら……泣き止む…」


「ズルいなぁ~…お前は…」



“そうなんだよ…こいつは…

香大さんが好きなのに、
俺と映画に付き合ってくれて…

…てゆーか、
俺もズルいか…

気になって… 横から入って慰めて…
…本気になってしまって…”



「どうにもなんないのにな…」

「え?…なにが?」


「お前… 前に言ってたよな。
好きだから 傷つく って。
あんたは そんな想いしたことないの?って」


「え… あぁ!聞こえてたんじゃんっ」


「…まっ…

…俺だって、あるよ。

さっき、
お前…、 香大さんと楽しそうに話しちゃってさ。

映画観に行ったとき、
あんなに俺に抱きついてたのに、やっぱ、
お前…、香大さんのこと 好きなんだなぁ~…って」


「…?… 私が陽音と話してるのを見て、
傷心してたの?」


「…ほらな。今のも」

「ぇえ?なに?」


「香大さんを下の名前で。俺の前でも、
全然っ気にせず」

「それは…、ずっとそう呼んでるから。
他意はないよ?」



「あぁ~…はいはい…


ったく… どうにもなんないのにな。


お前には好きな人がいて、

そんなお前を 俺は好きになって」



「えっ?」


“えっ?って なんだよっ…
俺とデートしといて… 俺の腕掴んだり…
あんなに抱きついといて… …そんな感じかよ…”



「あぁもうっ、そういうことだよっ

あとは 自分のことは自分でなんとかするからっ、

ひとりにしてくれっ」



そう言い放つと、
桐ヶ谷は、椅子から立ち上がり、去ろうとした。

直ぐ様、
ミアが、桐ヶ谷の腕を掴む。

そして、
立ち上がり、

背の高い 桐ヶ谷の襟元を掴んで
自分の方へと引き寄せて、





キスをした。





“えっ…… ”




桐ヶ谷は、驚き… 固まる…




ミアは、愛しさを込めて 唇を合わせ…
桐ヶ谷は、敏感に反応する…




と、そのとき、
御手洗いからロビーへと出てきた陽音は、
たまたま その愛の現場に遭遇した。

思わず、驚きながら 後退りになる。

その足音に気付いたミアは、
桐ヶ谷から そっと唇を離し、

視線をそのまま前方へ
音のした方を… 桐ヶ谷越しに見ると、

驚きながらの陽音が居て、
ミアも驚いたが、


ミアは、“見られちゃった”とばかりに
ちょろっと舌を出して微笑んだ。


陽音は、驚いた顔から笑顔を浮かべて、
“大胆だなぁ”と言うような表情で、
お邪魔虫は退散とばかりに
立ち去った。



桐ヶ谷は、驚きと快感に 頭が真っ白…。

足音にも全く気付いてない様で、


「いきなり過ぎるぞ… 人に見られ…
香大さんに見られたら どうするんだよ…
…まったく…」

「見られたよっ」

「ぇえ?」

驚く桐ヶ谷に微笑みながら、ミアは指し示す。


その方を見ると、
ホールの扉へと向かう 陽音の後ろ姿があって…


「ぇえ?!……恥ずかしっ…」

「恥ずかしいの?」

「っ…いや。俺は…全然。
お前は良かったのか?
香大さんに見られたんだぞ?」

「いいよっ」

「いいって…」


桐ヶ谷は、ミアの意図がわからず、
ミアからのキスも 何故なのか、
もう何がなんだか わからず… 動揺する…




「好きだから したんだもん」

「え…」



ミアは、桐ヶ谷を見上げ、
まっすぐに瞳を見つめた。





「翔真、 好き」




「ぇえ?… …いつから?…」




「いつからだろう…
…いつの間にか… 好きになってたんだよ」





ミアの言葉に もう居ても立ってもいられなくて…






桐ヶ谷は、
ミアを 優しく 抱きしめた…





そして、ミアの耳元で 囁く…




「お前… 俺のこと… 名前で呼んだの…

初めてだな…

俺の名前… ちゃんと覚えててくれたんだぁ…」





「当然っ」



ミアは、そう言いながら頷き…




やっと感じられた…桐ヶ谷の

優しく あたたかい感触に





心から安心しながら






心地良く 包まれていた…






ーー












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