struck symphony
ふたりを見掛けた
ドーナツショップに辿り着き、
外から さっきの窓際の席を見る と…、
あの親子の姿はなかった。
“えっ…、今さっき…”
そう思いながら、店内へと入る。
~いらっしゃいませ~
店員の声も、
陽音の耳には、うっすら。
店内を 隈無く見渡してみたが、
あの親子の姿は、どこにもなかった。
ーー
恵倫子は、雨の止んでいる間に
響の手を引き、店を出ていた。
直後、
今突然に また降りだした雨に打たれ、
歩道脇の花壇の庇に、響と身を寄せる。
響を 雨の降り掛からない
庇の充分な場所に立たせると、
響のレインコートをバッグから出して、素早く着せた。
「ママのは?」
「うんっママも、っ!!」
突然に、車の水飛沫が、
恵倫子のベルベットのワンピースの裾に
激しく掛かった。
その水飛沫の音に気付いた、陽音。
“あっ…”
数メートル視線の先に あの親子を…、
心奪われた あの女性を…見つけた。
陽音は、不意な再会に 茫然となりつつも…
愛しい眼差しで彼女を見つめ、
ゆっくりと彼女へと歩み寄ってゆく。
そんな視線を感じることもなく…
恵倫子は、
言葉も出ず ただ前を見据え、
濡れて重くなった裾に引っ張られるように
花壇の縁に 腰を下ろした。
と、次の瞬間、
恵倫子の目から 一粒の涙が… 頬を伝った…
“あ…”
思わず立ち止まった、陽音。
響が、心配そうに恵倫子の顔を覗き込む。
「あ……、 …ゆら…、大丈夫よ。
ママ………幸せなのに…なんでかな…
なんで… …涙が出るんだろうね…」
決して辛かったわけではない。
シングルマザーを辛いなんて思ったことはない。
ただ、
毎日の節約のなかで この日の為に頑張ったことが
実を結ばなかった…と思ってるだけ…だと思うから……
そう…
…本当は…
無理して 今日…、来なければ良かったのかもしれない…
…響はまだ小さいし…私達には 今日のコンサートは……
…ピアノコンサートは…まだ早かったのかもしれないね…
ごめんね ゆら…
無理しても… 良くないね……
…笑顔が 一番だもんね… …それが…幸せ だもんね…
雨音が、激しくなる。
その雨音に気付いた陽音は、
彼女を救うかのような心情で、彼女に駆け寄った。
そして、
涙目ながら前を見据え、
濡れたまま座っている彼女の頭上に、
そっと 傘を翳した。
恵倫子は、なんとなく 人の気配に気付き、
徐に見上げる。
と…、
“えっ…”
恵倫子は、驚きのあまり、目を見開いた。
憧れのピアニスト 香大陽音が、
目の前に立っていたからだ。
恵倫子とととに 陽音を見上げていた響は、
さっき ママが見つめていたパンフレットの写真の男性だと気付き、
怪訝な表情で 黙ったまま 陽音を見つめる。
それを察した陽音は、
優しい眼差しで、響を見つめて言った。
「君からママを取らないよ」
その言葉に 目を丸くした、響。
“なんで?……わかったの?…
ママは…わからないのに…”
響は、心の中で呟く。
恵倫子は、困惑する…。
“何を言って……
…何故?… …何故ここに?…
どうして私に傘を?…
私を知らないのに… どうして… こんな状況…”
恵倫子の脳裏に、次々に疑問が湧いた。
しかし、
あまりの驚きで 言葉が出ない。
そんな恵倫子を見つめながら
陽音は、
静かに 言った。
「やっと 逢えました…」
恵倫子は、陽音の言葉の意味がわからず、
唯々… 驚愕に陽音を見上げ…
そして、
自分の心情だけは、わかった…
“あぁ…
辛いとかじゃない…
…逢いたかったんだ…
大好きな香大さんに… 逢いたくて…
…私………泣いたんだ………”
そして、
逢えている、この状況…
“…いったい… 何が起きてるんだろう……”
恵倫子は、夢の中にいるようだった…
無言の時間のなか… 見つめ合う…
陽音の傘の雫が、恵倫子を翳す傘へと
一滴… 伝う…
ーーー
どれくらいの時間が流れただろう… ー
口を開いたのは、再び 陽音だった。
「雨、止みましたね」
空を仰ぎながら
陽音は、ふたつの傘を順に閉じていく。
恵倫子は、夢から覚めたように 我に返る。
そして、
何も言えずにいる自分自身に戸惑い、
流石に なにか言おうと…
“…なにを… 言えば…… … あっ…”
わけがわからずとも 差し伸べてくださった傘の御礼を言おうと、
恵倫子は、
憧れの人が目の前にいるという
信じられない状況のなか、
困惑な心情を少しでも宥め、
漸く勇気を振り絞って、口を開いた。
「あ、あの、すみません。
傘… 有難うございました」
「いいえ、 わたしが…勝手にしたまでで…、
お気になさらないでください」
そして、
陽音は、更に こう言葉を続けた。
「せっかくの綺麗なワンピースが、
濡れちゃってますね。寒くないですか?
ひとまず わたしのオフィスで温まってください」
「えっ?」
「ここから 近いんですよ」
「あっいや…、そうじゃなくて…」
「風邪をひいては良くない、娘さんも」
「あぁ…、じゃなくて、あのっ!、
ピアニストのっ、
香大陽音さんですよね!」
「はい」
「はい って、、」
「そうです」
「そうです って…
じゃなくて、、
何故、ここにいらっしゃるのですか?
どうして… 私に… 傘を…?……。。
どうして、今 会話できてるのか、、
私…、、全然、意味がわからないんです…けど…」
「あぁ…。
あの…、 ……、
さっき コンサート会場に いらしてましたよね?」
「…はい …?」
「そこで あなたと娘さんを見掛けて」
「私達…を?…」
「はい。それで さっき また見掛けたものですから」
「…?、
あの………とても嬉しいのですが…、、
香大さんは、私達のことを知らないですよね、
どうし…て?…」
「………」
陽音も流石に
“あなたに心惹かれて…あなたのことが気になって…”
とまでは、言えず…。
「私…、、驚きの方が大きくて……すみません、、
理解できてなくって…」
「…。。
まぁ…とにかく今は、
あなたがたを一刻も早く
あたたかい場所へ お連れしたい!
風邪をひいては良くないっ。
来てください、いいですか」
「えぇ!?」
「ここに居てください。車を回して来ます」
そう言って、陽音は駆け出した。
「ちょ、ちょっと」
陽音は、強引に告げ 行ってしまった。
恵倫子は、呆気に取られる。
「ゆら…、なんだか、
ものすごーく 凄いことが起こっちゃったよ?…」
響は、
唖然とする恵倫子の背中に手を置きながら
静かに この状況を見つめていた。
ーー
程なくして、
一台の車が、恵倫子たちの傍らに停車した。
美しく碧く艷めく、ボディー。
ひときわ目立つ高級車に、
思わず 引き気味になる。
運転席から降りてきた陽音の姿に、
かっこいい…と想いつつも、
素敵な御車を御持ちの御方なんだ…と、
陽音に対し、
恵倫子は、改めて 別世界のオーラを感じた。
「御待たせしました。さ、乗ってください」
「あっ、あのっ、御車が濡れてしまう…」
「いいんです、
わかってて お勧めしてるのですから。
お気になさらないで。
ママと一緒がいいかな。どうぞっ」
後部座席の扉を開いて
紳士的にエスコートする、陽音。
「…じゃあ、
…お言葉に甘えて……有難うございます…」
陽音のエスコートに…、
高級車に乗るという状況にも ドキドキしながら、
注目の視線も感じながら
恵倫子は、響とともに
陽音の愛車R8に乗り込み 共に その場を後にした。
ーー
気品高いお洒落な内装。
ピカピカの窓ガラスを流れるネオン。
そんな素敵な車内から見る繁華街の夜景は、
また一段と綺麗で 更に華やいで見えて…
恵倫子の鼓動は、加速した。
“…陽音さんのオフィスに… 向かってるんだ…”
改めて 事を把握し、
期待と、
これから起こる未知への緊張に
心身が震えた。
“今日は、本当に 不思議な日だ…”
事実は小説より奇なり…
人生、何が起こるかわからない とは、
よく言ったものだけど…
と、
自分に起こった、全く予想外の出来事に
何故、こんな状況になっているのだろう…
何故、こんな体験が出来ているのだろう…
と、
恵倫子は、
未だ 信じられない心境ながら
驚愕の不思議さを
心の底から 噛み締めていた。
ーー
ドーナツショップに辿り着き、
外から さっきの窓際の席を見る と…、
あの親子の姿はなかった。
“えっ…、今さっき…”
そう思いながら、店内へと入る。
~いらっしゃいませ~
店員の声も、
陽音の耳には、うっすら。
店内を 隈無く見渡してみたが、
あの親子の姿は、どこにもなかった。
ーー
恵倫子は、雨の止んでいる間に
響の手を引き、店を出ていた。
直後、
今突然に また降りだした雨に打たれ、
歩道脇の花壇の庇に、響と身を寄せる。
響を 雨の降り掛からない
庇の充分な場所に立たせると、
響のレインコートをバッグから出して、素早く着せた。
「ママのは?」
「うんっママも、っ!!」
突然に、車の水飛沫が、
恵倫子のベルベットのワンピースの裾に
激しく掛かった。
その水飛沫の音に気付いた、陽音。
“あっ…”
数メートル視線の先に あの親子を…、
心奪われた あの女性を…見つけた。
陽音は、不意な再会に 茫然となりつつも…
愛しい眼差しで彼女を見つめ、
ゆっくりと彼女へと歩み寄ってゆく。
そんな視線を感じることもなく…
恵倫子は、
言葉も出ず ただ前を見据え、
濡れて重くなった裾に引っ張られるように
花壇の縁に 腰を下ろした。
と、次の瞬間、
恵倫子の目から 一粒の涙が… 頬を伝った…
“あ…”
思わず立ち止まった、陽音。
響が、心配そうに恵倫子の顔を覗き込む。
「あ……、 …ゆら…、大丈夫よ。
ママ………幸せなのに…なんでかな…
なんで… …涙が出るんだろうね…」
決して辛かったわけではない。
シングルマザーを辛いなんて思ったことはない。
ただ、
毎日の節約のなかで この日の為に頑張ったことが
実を結ばなかった…と思ってるだけ…だと思うから……
そう…
…本当は…
無理して 今日…、来なければ良かったのかもしれない…
…響はまだ小さいし…私達には 今日のコンサートは……
…ピアノコンサートは…まだ早かったのかもしれないね…
ごめんね ゆら…
無理しても… 良くないね……
…笑顔が 一番だもんね… …それが…幸せ だもんね…
雨音が、激しくなる。
その雨音に気付いた陽音は、
彼女を救うかのような心情で、彼女に駆け寄った。
そして、
涙目ながら前を見据え、
濡れたまま座っている彼女の頭上に、
そっと 傘を翳した。
恵倫子は、なんとなく 人の気配に気付き、
徐に見上げる。
と…、
“えっ…”
恵倫子は、驚きのあまり、目を見開いた。
憧れのピアニスト 香大陽音が、
目の前に立っていたからだ。
恵倫子とととに 陽音を見上げていた響は、
さっき ママが見つめていたパンフレットの写真の男性だと気付き、
怪訝な表情で 黙ったまま 陽音を見つめる。
それを察した陽音は、
優しい眼差しで、響を見つめて言った。
「君からママを取らないよ」
その言葉に 目を丸くした、響。
“なんで?……わかったの?…
ママは…わからないのに…”
響は、心の中で呟く。
恵倫子は、困惑する…。
“何を言って……
…何故?… …何故ここに?…
どうして私に傘を?…
私を知らないのに… どうして… こんな状況…”
恵倫子の脳裏に、次々に疑問が湧いた。
しかし、
あまりの驚きで 言葉が出ない。
そんな恵倫子を見つめながら
陽音は、
静かに 言った。
「やっと 逢えました…」
恵倫子は、陽音の言葉の意味がわからず、
唯々… 驚愕に陽音を見上げ…
そして、
自分の心情だけは、わかった…
“あぁ…
辛いとかじゃない…
…逢いたかったんだ…
大好きな香大さんに… 逢いたくて…
…私………泣いたんだ………”
そして、
逢えている、この状況…
“…いったい… 何が起きてるんだろう……”
恵倫子は、夢の中にいるようだった…
無言の時間のなか… 見つめ合う…
陽音の傘の雫が、恵倫子を翳す傘へと
一滴… 伝う…
ーーー
どれくらいの時間が流れただろう… ー
口を開いたのは、再び 陽音だった。
「雨、止みましたね」
空を仰ぎながら
陽音は、ふたつの傘を順に閉じていく。
恵倫子は、夢から覚めたように 我に返る。
そして、
何も言えずにいる自分自身に戸惑い、
流石に なにか言おうと…
“…なにを… 言えば…… … あっ…”
わけがわからずとも 差し伸べてくださった傘の御礼を言おうと、
恵倫子は、
憧れの人が目の前にいるという
信じられない状況のなか、
困惑な心情を少しでも宥め、
漸く勇気を振り絞って、口を開いた。
「あ、あの、すみません。
傘… 有難うございました」
「いいえ、 わたしが…勝手にしたまでで…、
お気になさらないでください」
そして、
陽音は、更に こう言葉を続けた。
「せっかくの綺麗なワンピースが、
濡れちゃってますね。寒くないですか?
ひとまず わたしのオフィスで温まってください」
「えっ?」
「ここから 近いんですよ」
「あっいや…、そうじゃなくて…」
「風邪をひいては良くない、娘さんも」
「あぁ…、じゃなくて、あのっ!、
ピアニストのっ、
香大陽音さんですよね!」
「はい」
「はい って、、」
「そうです」
「そうです って…
じゃなくて、、
何故、ここにいらっしゃるのですか?
どうして… 私に… 傘を…?……。。
どうして、今 会話できてるのか、、
私…、、全然、意味がわからないんです…けど…」
「あぁ…。
あの…、 ……、
さっき コンサート会場に いらしてましたよね?」
「…はい …?」
「そこで あなたと娘さんを見掛けて」
「私達…を?…」
「はい。それで さっき また見掛けたものですから」
「…?、
あの………とても嬉しいのですが…、、
香大さんは、私達のことを知らないですよね、
どうし…て?…」
「………」
陽音も流石に
“あなたに心惹かれて…あなたのことが気になって…”
とまでは、言えず…。
「私…、、驚きの方が大きくて……すみません、、
理解できてなくって…」
「…。。
まぁ…とにかく今は、
あなたがたを一刻も早く
あたたかい場所へ お連れしたい!
風邪をひいては良くないっ。
来てください、いいですか」
「えぇ!?」
「ここに居てください。車を回して来ます」
そう言って、陽音は駆け出した。
「ちょ、ちょっと」
陽音は、強引に告げ 行ってしまった。
恵倫子は、呆気に取られる。
「ゆら…、なんだか、
ものすごーく 凄いことが起こっちゃったよ?…」
響は、
唖然とする恵倫子の背中に手を置きながら
静かに この状況を見つめていた。
ーー
程なくして、
一台の車が、恵倫子たちの傍らに停車した。
美しく碧く艷めく、ボディー。
ひときわ目立つ高級車に、
思わず 引き気味になる。
運転席から降りてきた陽音の姿に、
かっこいい…と想いつつも、
素敵な御車を御持ちの御方なんだ…と、
陽音に対し、
恵倫子は、改めて 別世界のオーラを感じた。
「御待たせしました。さ、乗ってください」
「あっ、あのっ、御車が濡れてしまう…」
「いいんです、
わかってて お勧めしてるのですから。
お気になさらないで。
ママと一緒がいいかな。どうぞっ」
後部座席の扉を開いて
紳士的にエスコートする、陽音。
「…じゃあ、
…お言葉に甘えて……有難うございます…」
陽音のエスコートに…、
高級車に乗るという状況にも ドキドキしながら、
注目の視線も感じながら
恵倫子は、響とともに
陽音の愛車R8に乗り込み 共に その場を後にした。
ーー
気品高いお洒落な内装。
ピカピカの窓ガラスを流れるネオン。
そんな素敵な車内から見る繁華街の夜景は、
また一段と綺麗で 更に華やいで見えて…
恵倫子の鼓動は、加速した。
“…陽音さんのオフィスに… 向かってるんだ…”
改めて 事を把握し、
期待と、
これから起こる未知への緊張に
心身が震えた。
“今日は、本当に 不思議な日だ…”
事実は小説より奇なり…
人生、何が起こるかわからない とは、
よく言ったものだけど…
と、
自分に起こった、全く予想外の出来事に
何故、こんな状況になっているのだろう…
何故、こんな体験が出来ているのだろう…
と、
恵倫子は、
未だ 信じられない心境ながら
驚愕の不思議さを
心の底から 噛み締めていた。
ーー