struck symphony
車は、ネオン煌めく繁華街から
静寂に落ち着いた住宅街へと入る。


建ち並ぶ高層マンションに
高級住宅街とわかり、
場違いな所に来てしまったのでは と、
気後れしそうになる。


ふと、恵倫子は、
斜め後ろの後部座席から
運転席の陽音へと視線を投げた。


馴れた手つきのドライビングテクニック。

ギアチェンジに、優雅で華麗なハンドル裁き。

男性の マシンを操る姿は、魅力的。


なにより、
憧れのピアニスト、
香大陽音の車に同乗している事が、
一大事で…。



陽音の、安全運転で スムーズな乗り心地に
快適さと安心感に包まれ、

そして、
斜め後ろから見る、
ゆったりと構えた 余裕と落ち着きのある
大人な気品の陽音の姿に、

恵倫子は、惚惚と 胸を締めつけられた。





車は、高層マンションの地下へと入った。

車窓から見える 停車する数々の高級車に、
地下駐車場だと知る。



陽音は、
スムーズにバックで愛車を停車させると、
優しい微笑みで 恵倫子へと振り向き、
「着きましたよ。ここです」と
妖艶なトーンで告げた。

そして、
直ぐ様 運転席を降り、
後部座席へと回り、扉を開けた。


「有難うございます」

恵倫子は、
戸惑いながらも御礼を言うと、
大きなバッグを持ち、響を抱きかかえ、
高級車に緊張しながら
ゆっくりと車を降りた。


ママに抱っこされる愛らしさに、
陽音が、目を細める。


「寝ちゃいましたね」

「あ…、そうですね」

「安心して眠ってる。お母さんは偉大だなぁ」

「香大さんの運転が、
心地良かったからだと思います」

「それはそれは、お褒めをいただいて」

「お褒めだなんて。本当にそうです。
振動の無い安全運転で、とても心地良くて、
気持ち良く乗ってました」

「そうですか」

「はい」

気品に微笑む陽音に、
恵倫子は、謙虚な会釈で返した。


「閉めますね」

「あっはい」


閉まる扉の内側から外側へと
車から離れようとしたとき、
大きなバッグと響を抱きかかえている恵倫子は、
つい よろめいてしまった。

「あっ…」


恵倫子の身体を支えようと、
陽音は、咄嗟に
恵倫子を自分へと引き寄せる。


引き寄せられて…

陽音の呼吸を 間近で感じる。


不意の出来事に、
恵倫子の鼓動が、激しくなった…



“お願いっ治まって”


恥ずかしさに 心の中で強く願う。



そんな恵倫子の心境をよそに、

陽音は、優しく 静かに 恵倫子に言った。


「そんなに緊張しないで。
リラックスしてくれたら 嬉しいな」



秘めていたものを 見透かされたようで
恥ずかしさが増した…


けれど…


“香大さんが嬉しいことがいいな…” と、



恵倫子は、

「…、。 はい」
と、
陽音を見つめて、微笑んだ。



そして、

陽音に引き寄せられたまま
このまま時間が、止まればいいのに…
と、
願った。



ふたりは、吸い込まれるように 見つめ合う。
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