ただひとりの運命の人は、私の兄でした
秘かな決意
「あおい、一緒にメシ食わないか」
「うん、絹も一緒に……」
「私はいいからいいから!お二人でどうぞ~」
「えっ、ちょっ!!」
最近、学校のお昼休みになると、藤井君がひょっこりと教室までやってきて、私たちに昼食の誘いをする。
以前グループデートに出かけた四人で食べることもあれば、絹が変な気を利かせて私と藤井君の二人きりになることもある。
絹は絹で、あの時の本田君とちょっといい関係になっているようだ。
ぱたぱたと立ち去ってしまった絹の背中を見送りながら、私と藤井君は目を合わせる。
「……じゃ、二人で食べるとするか」
「そうだね、屋上に行こうか」
連れだって歩く私たちを見て、ひそひそと噂する声が耳に届く。
何だか私たち二人は最近、注目の的になっているらしい。
藤井君と言えば、難攻不落で有名な男子だったようだ。学校一の美女と言われた先輩に口説かれてもなびかず、読者モデルをしている同級生に迫られてもそっけなく。アイドルみたいに可愛い後輩に涙目で寄り添われてもあくびをするようなツワモノだったという。
それが、学校一遊んでいるという噂の私と急接近したものだから、みんな目玉が飛び出そうなほどに驚いている。
お陰で私はまたあらぬ噂を立てられることになった。
「あおいはカラダを使って藤井君を落とした汚い女」
「藤井君は優しいから、エンコーしていたあおいを救済するために優しくしている」
「藤井君とはカラダだけの割り切った関係」
やっぱり私が悪者か、とため息が出そうになるけれど仕方ない。
この私のルックスと可愛くない無愛想な態度が皆の反感を買っているのだろう。
私が把握しているだけでもこんなものだから、本当はもっとひどいのかもしれない。
実際、私は『藤井君ファンクラブ』らしき人たちに取り囲まれたことがあるのだ。
「次のターゲットは藤井君ってわけですか?身体で迫ったんでしょう?サイテー」
放課後の教室ですみっこに追いやられながら、私は戸惑っていた。
ひどい誤解だ。
私は藤井君と手すら繋いだことが無いというのに。
大体、身体で迫ったなんて言うけれど、そんな手練手管は私には無いよ!
俯きながら、それでも私は勇気を出して言った。
「そんなこと、……してません。ただの、友達ですし……」
情けない程に声は震えていた。でも、それが真実なのだ。
「藤井君があなたみたいなビッチに騙されて可哀想だよ。あなたから離れてあげてよ?」
しかし私の必死の訴えは全く届かず、彼女らは更に私に要求を重ねてきた。
私がいつ藤井君を騙したというのか。しかもビッチって。
あなたたちが私の何を知っているというの?
我知らず頭にカッと血が昇りそうになる。
いい加減にして、そう叫びそうになった時、藤井君が教室にやってきた。
「あおい、今日は一緒に帰ろうって約束してたのになかなか来ないから迎えに来たんだけど、……何かあった?」
この異常な事態を見て、藤井君は目をぱちぱちさせて不思議そうな顔をしていた。
「……藤井君。ねぇ、騙されているなら今のうちに止めた方がいいよ?」
私を取り囲んでいた一人が突然、泣きそうな顔で可愛らしい声を上げた。
「そうだよ、目の前の欲にくらんでも、いいことないよ?」
もう一人もやっぱり儚げな表情をして涙声を出した。
何だこれは。
先ほどまでの悪鬼の様な態度とはころっと打って変わって、彼女たちは可憐な美少女たちに変身してしまった。
女優かよ。
私は内心呆れつつも、女はやっぱり恐ろしいと背筋が寒くなった。
一方の藤井君は、彼女たちの話を聞くと表情がどんどん無くなっていった。
「…なんだよそれ」
いつもより一段低く、感情のない声が藤井君から聞こえてきて、私はギクリとした。
その通常とは違う藤井君の声と様子に彼女たちは一瞬たじろいだようだったが、それでも食い下がっていた。
「だから、あおいだけはダメだよって……」
「ふざけるな!!」
彼女たちの会話を突然遮った藤井君の大きく鋭い声に、耳が痛いくらいにしーんと静まりかえった。
「俺があおいと一緒にいるのは、俺がそうしたいからだ。騙されてるだの欲にくらむだの、お前らに言われる筋合いは無い!!」
普段のクールな表情とは一変して恐ろしい程ににらみをきかせ、全身から憤怒のオーラを発している藤井君の迫力にその場は圧倒されていた。
「ふ、藤井君、……あの、落ち着いて?」
私が藤井君に近づいていってぽんぽんと肩を叩くと、怒りに肩を震わせていた藤井君は落ち着いたのか、ほっと一息つくと表情を柔らかくした。
「遅いから心配したんだよ、あおい。さ、帰ろう」
「うん……」
くしゃりと笑うその顔は、さきほどまでとはまるで別人だった。
「あとお前ら、勝手な噂立てんじゃねぇよ」
教室を立ち去る間際、藤井君が再びどすのきいた声で彼女らにそう告げると、彼女らは恐怖に震えあがっていた。
藤井くんは唇の端を吊り上げてふんと皮肉っぽく笑っていた。
その表情は悪戯が成功した子供みたいで、何だか憎めなかった。
「あの、藤井君、ごめん。私のせいで、女の子たちに嫌われちゃうかも」
駅までの帰り道、私はぽつりと口にして謝った。
「ああ、さっきの?あんなやつらに嫌われても構わない。それより、俺のせいで嫌な思いさせてごめんな」
「ううん、全然」
「俺、ああいうの大っきらいなんだよ。人を見た目で判断して勝手に言いがかり付けてきやがって。最悪だ」
藤井君は再び怒りがこみ上げてきたのか、自分のことのように腹を立ててくれた。
そうだ、藤井君も『勝手なイメージを持たれて、それと違うと幻滅される』という経験をしていたのだった。
詳しくは聞いていないけれど、もしかしたら過去に深く傷ついた事があるのかもしれない。
私たちは、似た者同士だ。
「ふふ、私も大っきらいだよ」
「俺たち、気が合うな」
目を細めて笑う藤井君の顔は、今までで一番格好良かった。
「あおい、こっちこっち!」
藤井君はそんなアクシデントなど気にせずに私と仲良くしてくれる。
「うん、そこなら日陰でいいね」
屋上に着いた私たちは、二人並んでお弁当箱を広げる。
「おぉ、……あおいの弁当、今日もすげぇな。彩りも栄養バランスも完璧じゃないか」
「私が作ったと言えたら良いんだけどね。今日もやっぱりお兄ちゃん作だよ」
情けなく笑いながら答えると、藤井君もまたくすりと笑った。
「いただきまーす」
二人で声を揃えて手を合わせ、お弁当の中身をぱくつき始める。
藤井君は、出会った時から変わらずとても優しい人だ。
曲がったことが大嫌いで正義感が強く、まるできらきら光る水晶みたいな人だ。
同年代の男の子とこんな風に気楽に話せる日が来るなんて。
きっとそれは藤井君だからだ。やっぱり他の男子は恐いし、警戒してしまう。
「あおい、兄ちゃんに愛されてるなぁ」
藤井君の何気ない一言に、私は心臓が口から飛び出そうになった。
「ぶほっ!!な、なに、言ってるの、……ごふっ」
私は思い切り喉に唐揚げを詰まらせて、胸をどんどんと叩いた。
「わ、悪い!!そんなに驚かせるつもりは無かった!お茶飲むか!?」
藤井君は私のひどい有様におろおろして、ペットボトルの水を差しだしてきた。
涙目になりながらも何とか必死に飲み込んで、私は手で“大丈夫”のジェスチャーをした。
「ごめん……なんか、意外な言葉だったからちょっとびっくりしちゃって」
目尻に浮かんだ涙を指で拭ってから取りつくろうようにそう言うと、藤井君は頭をかしかしと掻いた。
「いや、だってさ?あおいの兄ちゃんって有名な如月光希だろ?若き天才実業家とか言われてるじゃないか。それなのに毎日お手製弁当って、……愛がなきゃできないよなって思ったんだよ」
そうだった。光希はたまにテレビの実業家特集に出演もしているし、経済誌にも注目の若手とのことで載っているのだ。
時事ニュースも良く見ているという藤井君は、もちろん光希のことを知っていたようだ。
「あー……うち、家庭が複雑でね。実は、光希と私は血のつながりが無いの」
「……まじかよ」
藤井君は口をあんぐりと開けて驚いていた。
「色々事情があって、光希に私の面倒を見てもらってるんだ。私が未成年だから光希は責任を感じているみたいで、そりゃあ色々尽してくれてるんだよね」
「そうだったのか……」
「うん。私に気を使って外泊はしないし、彼女を家に上げもしないし。このままじゃ婚期逃しちゃうよなぁって心配してるところ」
ははは、と笑って見せたけれど、ホントは胸がずきずきと痛んでいた。
私が最近もっとも恐れていることだからだ。それでも、光希が伴侶を見つけた日を想像したら、自分の何もかもが崩れてしまいそうな予感がしている。
そんな心の内をおくびにも出さず、私は肩をすくめて藤井君に笑いかけた。
「なんかあおいも色々抱えてるんだな」
「ううん、別に平気。それに、大学が決まったら光希のところは出ていくつもりだし。これで光希も心おきなく婚活できるかなぁって思ってる」
痛む胸を隠しながら良き妹の仮面を被った。うまくやれているだろうか。
「そっか……あおいは付属の推薦狙ってるのか?」
「うん、文学部。藤井君も推薦狙い?」
「うん、俺は医学部」
「さすがだね……藤井君、頭いいもんね。絶対推薦取れるよ」
「あのさ、……大学行っても、こういう風に仲良くしてくれると嬉しい……もちろん友達としてでいいから」
「えっ……」
ぼそぼそと呟く言葉に驚いて藤井君の方を見れば、彼は耳まで真っ赤にして俯いていた。
いつもの怜悧な印象とはまるで違って、それは幼い子供の様に可愛かった。
「……こちらこそだよ。どうぞ宜しくね」
「ほんとか!?」
すごい勢いで顔を上げた藤井君の顔は上気していて、目はきらきらと輝いていた。
「うん。そのためには、まずは推薦取らないとね。お互い頑張ろう」
「おう、そうだな!!うわー、俺、すっごい恥ずかしかったぞ今の……」
藤井君は照れ隠しなのか、すごい勢いでガツガツとお弁当を食べ始めた。
何の計算も無い藤井君の言動が心地よくて、私はじんわりと胸に温かさが広がるのを感じていた。
光希とのことで悩んでばかりの私にとって、それはほっとするようなひと時だった。
「うん、絹も一緒に……」
「私はいいからいいから!お二人でどうぞ~」
「えっ、ちょっ!!」
最近、学校のお昼休みになると、藤井君がひょっこりと教室までやってきて、私たちに昼食の誘いをする。
以前グループデートに出かけた四人で食べることもあれば、絹が変な気を利かせて私と藤井君の二人きりになることもある。
絹は絹で、あの時の本田君とちょっといい関係になっているようだ。
ぱたぱたと立ち去ってしまった絹の背中を見送りながら、私と藤井君は目を合わせる。
「……じゃ、二人で食べるとするか」
「そうだね、屋上に行こうか」
連れだって歩く私たちを見て、ひそひそと噂する声が耳に届く。
何だか私たち二人は最近、注目の的になっているらしい。
藤井君と言えば、難攻不落で有名な男子だったようだ。学校一の美女と言われた先輩に口説かれてもなびかず、読者モデルをしている同級生に迫られてもそっけなく。アイドルみたいに可愛い後輩に涙目で寄り添われてもあくびをするようなツワモノだったという。
それが、学校一遊んでいるという噂の私と急接近したものだから、みんな目玉が飛び出そうなほどに驚いている。
お陰で私はまたあらぬ噂を立てられることになった。
「あおいはカラダを使って藤井君を落とした汚い女」
「藤井君は優しいから、エンコーしていたあおいを救済するために優しくしている」
「藤井君とはカラダだけの割り切った関係」
やっぱり私が悪者か、とため息が出そうになるけれど仕方ない。
この私のルックスと可愛くない無愛想な態度が皆の反感を買っているのだろう。
私が把握しているだけでもこんなものだから、本当はもっとひどいのかもしれない。
実際、私は『藤井君ファンクラブ』らしき人たちに取り囲まれたことがあるのだ。
「次のターゲットは藤井君ってわけですか?身体で迫ったんでしょう?サイテー」
放課後の教室ですみっこに追いやられながら、私は戸惑っていた。
ひどい誤解だ。
私は藤井君と手すら繋いだことが無いというのに。
大体、身体で迫ったなんて言うけれど、そんな手練手管は私には無いよ!
俯きながら、それでも私は勇気を出して言った。
「そんなこと、……してません。ただの、友達ですし……」
情けない程に声は震えていた。でも、それが真実なのだ。
「藤井君があなたみたいなビッチに騙されて可哀想だよ。あなたから離れてあげてよ?」
しかし私の必死の訴えは全く届かず、彼女らは更に私に要求を重ねてきた。
私がいつ藤井君を騙したというのか。しかもビッチって。
あなたたちが私の何を知っているというの?
我知らず頭にカッと血が昇りそうになる。
いい加減にして、そう叫びそうになった時、藤井君が教室にやってきた。
「あおい、今日は一緒に帰ろうって約束してたのになかなか来ないから迎えに来たんだけど、……何かあった?」
この異常な事態を見て、藤井君は目をぱちぱちさせて不思議そうな顔をしていた。
「……藤井君。ねぇ、騙されているなら今のうちに止めた方がいいよ?」
私を取り囲んでいた一人が突然、泣きそうな顔で可愛らしい声を上げた。
「そうだよ、目の前の欲にくらんでも、いいことないよ?」
もう一人もやっぱり儚げな表情をして涙声を出した。
何だこれは。
先ほどまでの悪鬼の様な態度とはころっと打って変わって、彼女たちは可憐な美少女たちに変身してしまった。
女優かよ。
私は内心呆れつつも、女はやっぱり恐ろしいと背筋が寒くなった。
一方の藤井君は、彼女たちの話を聞くと表情がどんどん無くなっていった。
「…なんだよそれ」
いつもより一段低く、感情のない声が藤井君から聞こえてきて、私はギクリとした。
その通常とは違う藤井君の声と様子に彼女たちは一瞬たじろいだようだったが、それでも食い下がっていた。
「だから、あおいだけはダメだよって……」
「ふざけるな!!」
彼女たちの会話を突然遮った藤井君の大きく鋭い声に、耳が痛いくらいにしーんと静まりかえった。
「俺があおいと一緒にいるのは、俺がそうしたいからだ。騙されてるだの欲にくらむだの、お前らに言われる筋合いは無い!!」
普段のクールな表情とは一変して恐ろしい程ににらみをきかせ、全身から憤怒のオーラを発している藤井君の迫力にその場は圧倒されていた。
「ふ、藤井君、……あの、落ち着いて?」
私が藤井君に近づいていってぽんぽんと肩を叩くと、怒りに肩を震わせていた藤井君は落ち着いたのか、ほっと一息つくと表情を柔らかくした。
「遅いから心配したんだよ、あおい。さ、帰ろう」
「うん……」
くしゃりと笑うその顔は、さきほどまでとはまるで別人だった。
「あとお前ら、勝手な噂立てんじゃねぇよ」
教室を立ち去る間際、藤井君が再びどすのきいた声で彼女らにそう告げると、彼女らは恐怖に震えあがっていた。
藤井くんは唇の端を吊り上げてふんと皮肉っぽく笑っていた。
その表情は悪戯が成功した子供みたいで、何だか憎めなかった。
「あの、藤井君、ごめん。私のせいで、女の子たちに嫌われちゃうかも」
駅までの帰り道、私はぽつりと口にして謝った。
「ああ、さっきの?あんなやつらに嫌われても構わない。それより、俺のせいで嫌な思いさせてごめんな」
「ううん、全然」
「俺、ああいうの大っきらいなんだよ。人を見た目で判断して勝手に言いがかり付けてきやがって。最悪だ」
藤井君は再び怒りがこみ上げてきたのか、自分のことのように腹を立ててくれた。
そうだ、藤井君も『勝手なイメージを持たれて、それと違うと幻滅される』という経験をしていたのだった。
詳しくは聞いていないけれど、もしかしたら過去に深く傷ついた事があるのかもしれない。
私たちは、似た者同士だ。
「ふふ、私も大っきらいだよ」
「俺たち、気が合うな」
目を細めて笑う藤井君の顔は、今までで一番格好良かった。
「あおい、こっちこっち!」
藤井君はそんなアクシデントなど気にせずに私と仲良くしてくれる。
「うん、そこなら日陰でいいね」
屋上に着いた私たちは、二人並んでお弁当箱を広げる。
「おぉ、……あおいの弁当、今日もすげぇな。彩りも栄養バランスも完璧じゃないか」
「私が作ったと言えたら良いんだけどね。今日もやっぱりお兄ちゃん作だよ」
情けなく笑いながら答えると、藤井君もまたくすりと笑った。
「いただきまーす」
二人で声を揃えて手を合わせ、お弁当の中身をぱくつき始める。
藤井君は、出会った時から変わらずとても優しい人だ。
曲がったことが大嫌いで正義感が強く、まるできらきら光る水晶みたいな人だ。
同年代の男の子とこんな風に気楽に話せる日が来るなんて。
きっとそれは藤井君だからだ。やっぱり他の男子は恐いし、警戒してしまう。
「あおい、兄ちゃんに愛されてるなぁ」
藤井君の何気ない一言に、私は心臓が口から飛び出そうになった。
「ぶほっ!!な、なに、言ってるの、……ごふっ」
私は思い切り喉に唐揚げを詰まらせて、胸をどんどんと叩いた。
「わ、悪い!!そんなに驚かせるつもりは無かった!お茶飲むか!?」
藤井君は私のひどい有様におろおろして、ペットボトルの水を差しだしてきた。
涙目になりながらも何とか必死に飲み込んで、私は手で“大丈夫”のジェスチャーをした。
「ごめん……なんか、意外な言葉だったからちょっとびっくりしちゃって」
目尻に浮かんだ涙を指で拭ってから取りつくろうようにそう言うと、藤井君は頭をかしかしと掻いた。
「いや、だってさ?あおいの兄ちゃんって有名な如月光希だろ?若き天才実業家とか言われてるじゃないか。それなのに毎日お手製弁当って、……愛がなきゃできないよなって思ったんだよ」
そうだった。光希はたまにテレビの実業家特集に出演もしているし、経済誌にも注目の若手とのことで載っているのだ。
時事ニュースも良く見ているという藤井君は、もちろん光希のことを知っていたようだ。
「あー……うち、家庭が複雑でね。実は、光希と私は血のつながりが無いの」
「……まじかよ」
藤井君は口をあんぐりと開けて驚いていた。
「色々事情があって、光希に私の面倒を見てもらってるんだ。私が未成年だから光希は責任を感じているみたいで、そりゃあ色々尽してくれてるんだよね」
「そうだったのか……」
「うん。私に気を使って外泊はしないし、彼女を家に上げもしないし。このままじゃ婚期逃しちゃうよなぁって心配してるところ」
ははは、と笑って見せたけれど、ホントは胸がずきずきと痛んでいた。
私が最近もっとも恐れていることだからだ。それでも、光希が伴侶を見つけた日を想像したら、自分の何もかもが崩れてしまいそうな予感がしている。
そんな心の内をおくびにも出さず、私は肩をすくめて藤井君に笑いかけた。
「なんかあおいも色々抱えてるんだな」
「ううん、別に平気。それに、大学が決まったら光希のところは出ていくつもりだし。これで光希も心おきなく婚活できるかなぁって思ってる」
痛む胸を隠しながら良き妹の仮面を被った。うまくやれているだろうか。
「そっか……あおいは付属の推薦狙ってるのか?」
「うん、文学部。藤井君も推薦狙い?」
「うん、俺は医学部」
「さすがだね……藤井君、頭いいもんね。絶対推薦取れるよ」
「あのさ、……大学行っても、こういう風に仲良くしてくれると嬉しい……もちろん友達としてでいいから」
「えっ……」
ぼそぼそと呟く言葉に驚いて藤井君の方を見れば、彼は耳まで真っ赤にして俯いていた。
いつもの怜悧な印象とはまるで違って、それは幼い子供の様に可愛かった。
「……こちらこそだよ。どうぞ宜しくね」
「ほんとか!?」
すごい勢いで顔を上げた藤井君の顔は上気していて、目はきらきらと輝いていた。
「うん。そのためには、まずは推薦取らないとね。お互い頑張ろう」
「おう、そうだな!!うわー、俺、すっごい恥ずかしかったぞ今の……」
藤井君は照れ隠しなのか、すごい勢いでガツガツとお弁当を食べ始めた。
何の計算も無い藤井君の言動が心地よくて、私はじんわりと胸に温かさが広がるのを感じていた。
光希とのことで悩んでばかりの私にとって、それはほっとするようなひと時だった。