ただひとりの運命の人は、私の兄でした
お酒が回ってきたせいだろうか、それともこの雰囲気のせいだろうか。
こんな風に二人で会うのは、もう最後なんだというやけくそな気分もあったかもしれない。
何だか私はいつもより強気に出られる気がした。
優雅な所作でナイフとフォークを動かす光希に、私は思い切って問いかけた。
「光希、あの、聞きたいんだけど。結婚するの?」
突然そんなことを問いかけられた光希は、手を止めて目を丸くしてきょとんとしていたが、すぐにへにゃりと笑った。
「ああ、インタビュー記事を読んだの?」
「うん、友達に教えてもらって。何でもベタ惚れの人がいるんでしょう?」
「……そうだね」
随分幸せそうな表情でのろけられてしまった。
うわ、自分で聞いておいて何だけど、もの凄いアッパーカットが来た。
かなりの大ダメージを食らってしまった。
もしかしたらこの流れで結婚の報告をされるのかもしれない。
でもその話題をされたら、私の想いを打ち明けづらくなってしまう。
その前に、ちゃんと伝えなきゃ。
「あのさっ、光希に言いたいことがあるの!」
「僕も君に言わなきゃいけないことがある」
真っすぐに私を見つめる光希の視線に負けそうになるが、私だって覚悟を決めてここに来たのだ。藤井君の応援や絹の励ましの声が私を後押しする。
「私、光希が好きなの」
「僕はあおいが好きだ」
二人の声は重なっていた。
「えっ……?」
「ん?」
今のはお酒の幻聴だろうか。それともただの聞き間違い?
私が不思議そうに首を傾げると、光希が耐えきれないようにぷぷっと吹き出した。
「あおい、可愛い」
「えっ、……だって、いや、あのっ、……うそ」
「ほんと。あおいの気持ちも、本当?」
「……本当だよ」
「良かった、僕たち、両思いだね」
安心したように肩の力を抜き、光希はほうっと息を吐いた。
私はその光景を信じられない気持で見つめる。
目の前のいい男は、一体何を言っているのだろう。
と言うか、もしかしてこれは都合の良い夢なのか。それとも酔っ払って見た幻?
私は相変わらずぼんやりしながら現実感のないこの時間を漂った。
「……僕がどんなに努力しても、絶対に手にすることができなかったものが分かる?」
光希は慈愛に満ちた瞳で、私を見つめた。
こんなに完璧な光希が手に入れられなかったもの?私には全く想像もつかなかった。
モデルのようなルックスも、明晰な頭脳も。何事もそつなくこなす才覚も、社交的な性格だって。他人がどんなに努力しても手に出来ないものすら、何でも持っている筈なのに。
「光希は何でも持ってるじゃない。……まだ欲しいものがあったって言うの?」
「……君に恋をする資格。僕は君の兄だったから」
「……っ、!!」
驚きに目を瞠る。息が詰まりそう。
「ねぇ、僕はそんなに綺麗な人間じゃないよ?ずっと、……そう、欲まみれの汚いやつだ。それなのにそれを必死で隠そうとしていたずるい男だ」
自嘲的な笑みを浮かべる光希から出てきたのは信じられない様な言葉だった。
「そんな、……光希がそんなこと、あり得ない。だって、光希はいつも優しくて、頼れて、強くて……」
「ふふ、君は僕を“兄として”頼っていたから、僕はその期待に応える為に、完璧な兄であろうとした。でもね、いつからか君に汚い欲を抱くようになった。……恋愛感情だよ」
「光希が……?私に……?」
「そう。妹にこんな感情を持ってはいけない、自分は兄だって必死で言い聞かせてた。それなのに君は成長するごとにどんどん綺麗になっていって、僕はますます君に夢中になった」
光希から紡がれる言葉はまるで夢物語のよう。
これは本当に現実なのだろうか。
「僕たちの両親が離婚を決めたことは悲しかったけれど、それでもあおいと二人きりで暮らせることになった喜びの方が勝っていた。あおいと離れずに済むんだって思ったら、嬉しくてね」
「……私は、光希が私を憐れんで拾ってくれたんだと思ってた……」
「まさか。二人きりの生活は想像以上に幸せだったけれど、同時に苦しくもあった。あおいは僕を兄としか見ていないだろうと思っていたから。その信頼を裏切っちゃいけないと思って、“兄として君を溺愛している”というスタンスを取っていたけれど、ホントはどろどろの欲望まみれだった。無様な偽善者だ」
光希が私と同じような気持ちを持っていてくれたというのか。
あの生活が天国でもあり、地獄でもあったのは光希も同じだったというの。
「……君が家を出ていくって言った時、足元ががらがら崩れていくみたいだったよ。あの時あおい、僕にお金を全部返しただろう?」
「う、うん。」
「あれって、僕は結局あおいのことを金銭で縛り付けていただけだったんてハッキリ告げられたみたいだった。“君を溺愛している完璧な兄”の仮面の下を見透かされた気がして、恐くなった」
「そんな……!全然そんなことない……私は、光希の負担になってないって証明したくて、あのお金を返したの」
「そして、あの時ハッキリ君は言っただろう?僕は君の兄じゃないって」
「……うん」
「とうとう兄でいることすら拒否されたのかってショックだった。もう、君の傍にいることがおこがましくて、去っていく君を引きとめることなんて出来なかった」
「光希……」
「離れたら忘れられるかと思ったけれど、全然ダメだった。想いは募るばかりで、頭が狂いそうだったよ」
はにかむように笑うその顔は、とても嘘を言っている様には思えなかった。
信じられない様な幸せに心が震えるのが止まらない。
「……でも、離れたことで、もう兄のふりをする必要は無くなった。僕はもう君の兄じゃない。だから僕は一人の男として、君に気持ちを伝えたいんだ」
私はこみ上げてくる涙で声を出すことが出来ず、必死で何度も頷いた。
もう、私はあなたの妹じゃない。
あなたは私の兄じゃない。
偽りの兄妹ごっこはもうおしまいにしていいんだ。
「僕はあおいが好きだ。どうか、これからずっと僕の傍にいて欲しい」
そう言って光希がポケットから取り出したのは、ワインレッドの小さな小箱。
ぱかりと開いた中には、目のくらむ様な輝きのダイヤがリングの上で輝いていた。
「みつき……」
「結婚して欲しい。僕のすべてを懸けて、君を守るよ」
かたかたと震える指先を、光希がその大きな手で柔らかく包んでくれた。
お互いの手から伝わる体温。それはまるで二人の気持ちのように熱かった。
今まで堪えていたものが溢れだすように、私の目からは涙が止まらなくなった。
「……光希は自分を偽善者なんて言うけれど、私だって同じだよ。小さい頃から光希が好きで好きで。でも良い妹だと思われたくて、嫌われたくなくて……」
「あおいも……?」
「ホントは私の頭の中はどろっどろの真っ黒だった。光希を独占したくて、嫉妬ばかりで。ちっとも綺麗な愛じゃないんだ。……それでもいいの?」
「君のこと、全部受け止めるから安心して。愛してるよ、あおい」
光希は私の左手の薬指に、ゆっくりと指輪を嵌めた。
それはあつらえたように私の指にぴったりと馴染んだ。まるでそこに鎮座することが決まっていたかのように。
涙があとからあとから溢れて止まらない。小さなころから育んできた大切な恋は、とうとう実ったのだ。
「今日は返したくない。僕と一緒に過ごして欲しい」
光希のその言葉に、私はその指輪を見つめた後に大きくこくりと頷き返した。
こんな風に二人で会うのは、もう最後なんだというやけくそな気分もあったかもしれない。
何だか私はいつもより強気に出られる気がした。
優雅な所作でナイフとフォークを動かす光希に、私は思い切って問いかけた。
「光希、あの、聞きたいんだけど。結婚するの?」
突然そんなことを問いかけられた光希は、手を止めて目を丸くしてきょとんとしていたが、すぐにへにゃりと笑った。
「ああ、インタビュー記事を読んだの?」
「うん、友達に教えてもらって。何でもベタ惚れの人がいるんでしょう?」
「……そうだね」
随分幸せそうな表情でのろけられてしまった。
うわ、自分で聞いておいて何だけど、もの凄いアッパーカットが来た。
かなりの大ダメージを食らってしまった。
もしかしたらこの流れで結婚の報告をされるのかもしれない。
でもその話題をされたら、私の想いを打ち明けづらくなってしまう。
その前に、ちゃんと伝えなきゃ。
「あのさっ、光希に言いたいことがあるの!」
「僕も君に言わなきゃいけないことがある」
真っすぐに私を見つめる光希の視線に負けそうになるが、私だって覚悟を決めてここに来たのだ。藤井君の応援や絹の励ましの声が私を後押しする。
「私、光希が好きなの」
「僕はあおいが好きだ」
二人の声は重なっていた。
「えっ……?」
「ん?」
今のはお酒の幻聴だろうか。それともただの聞き間違い?
私が不思議そうに首を傾げると、光希が耐えきれないようにぷぷっと吹き出した。
「あおい、可愛い」
「えっ、……だって、いや、あのっ、……うそ」
「ほんと。あおいの気持ちも、本当?」
「……本当だよ」
「良かった、僕たち、両思いだね」
安心したように肩の力を抜き、光希はほうっと息を吐いた。
私はその光景を信じられない気持で見つめる。
目の前のいい男は、一体何を言っているのだろう。
と言うか、もしかしてこれは都合の良い夢なのか。それとも酔っ払って見た幻?
私は相変わらずぼんやりしながら現実感のないこの時間を漂った。
「……僕がどんなに努力しても、絶対に手にすることができなかったものが分かる?」
光希は慈愛に満ちた瞳で、私を見つめた。
こんなに完璧な光希が手に入れられなかったもの?私には全く想像もつかなかった。
モデルのようなルックスも、明晰な頭脳も。何事もそつなくこなす才覚も、社交的な性格だって。他人がどんなに努力しても手に出来ないものすら、何でも持っている筈なのに。
「光希は何でも持ってるじゃない。……まだ欲しいものがあったって言うの?」
「……君に恋をする資格。僕は君の兄だったから」
「……っ、!!」
驚きに目を瞠る。息が詰まりそう。
「ねぇ、僕はそんなに綺麗な人間じゃないよ?ずっと、……そう、欲まみれの汚いやつだ。それなのにそれを必死で隠そうとしていたずるい男だ」
自嘲的な笑みを浮かべる光希から出てきたのは信じられない様な言葉だった。
「そんな、……光希がそんなこと、あり得ない。だって、光希はいつも優しくて、頼れて、強くて……」
「ふふ、君は僕を“兄として”頼っていたから、僕はその期待に応える為に、完璧な兄であろうとした。でもね、いつからか君に汚い欲を抱くようになった。……恋愛感情だよ」
「光希が……?私に……?」
「そう。妹にこんな感情を持ってはいけない、自分は兄だって必死で言い聞かせてた。それなのに君は成長するごとにどんどん綺麗になっていって、僕はますます君に夢中になった」
光希から紡がれる言葉はまるで夢物語のよう。
これは本当に現実なのだろうか。
「僕たちの両親が離婚を決めたことは悲しかったけれど、それでもあおいと二人きりで暮らせることになった喜びの方が勝っていた。あおいと離れずに済むんだって思ったら、嬉しくてね」
「……私は、光希が私を憐れんで拾ってくれたんだと思ってた……」
「まさか。二人きりの生活は想像以上に幸せだったけれど、同時に苦しくもあった。あおいは僕を兄としか見ていないだろうと思っていたから。その信頼を裏切っちゃいけないと思って、“兄として君を溺愛している”というスタンスを取っていたけれど、ホントはどろどろの欲望まみれだった。無様な偽善者だ」
光希が私と同じような気持ちを持っていてくれたというのか。
あの生活が天国でもあり、地獄でもあったのは光希も同じだったというの。
「……君が家を出ていくって言った時、足元ががらがら崩れていくみたいだったよ。あの時あおい、僕にお金を全部返しただろう?」
「う、うん。」
「あれって、僕は結局あおいのことを金銭で縛り付けていただけだったんてハッキリ告げられたみたいだった。“君を溺愛している完璧な兄”の仮面の下を見透かされた気がして、恐くなった」
「そんな……!全然そんなことない……私は、光希の負担になってないって証明したくて、あのお金を返したの」
「そして、あの時ハッキリ君は言っただろう?僕は君の兄じゃないって」
「……うん」
「とうとう兄でいることすら拒否されたのかってショックだった。もう、君の傍にいることがおこがましくて、去っていく君を引きとめることなんて出来なかった」
「光希……」
「離れたら忘れられるかと思ったけれど、全然ダメだった。想いは募るばかりで、頭が狂いそうだったよ」
はにかむように笑うその顔は、とても嘘を言っている様には思えなかった。
信じられない様な幸せに心が震えるのが止まらない。
「……でも、離れたことで、もう兄のふりをする必要は無くなった。僕はもう君の兄じゃない。だから僕は一人の男として、君に気持ちを伝えたいんだ」
私はこみ上げてくる涙で声を出すことが出来ず、必死で何度も頷いた。
もう、私はあなたの妹じゃない。
あなたは私の兄じゃない。
偽りの兄妹ごっこはもうおしまいにしていいんだ。
「僕はあおいが好きだ。どうか、これからずっと僕の傍にいて欲しい」
そう言って光希がポケットから取り出したのは、ワインレッドの小さな小箱。
ぱかりと開いた中には、目のくらむ様な輝きのダイヤがリングの上で輝いていた。
「みつき……」
「結婚して欲しい。僕のすべてを懸けて、君を守るよ」
かたかたと震える指先を、光希がその大きな手で柔らかく包んでくれた。
お互いの手から伝わる体温。それはまるで二人の気持ちのように熱かった。
今まで堪えていたものが溢れだすように、私の目からは涙が止まらなくなった。
「……光希は自分を偽善者なんて言うけれど、私だって同じだよ。小さい頃から光希が好きで好きで。でも良い妹だと思われたくて、嫌われたくなくて……」
「あおいも……?」
「ホントは私の頭の中はどろっどろの真っ黒だった。光希を独占したくて、嫉妬ばかりで。ちっとも綺麗な愛じゃないんだ。……それでもいいの?」
「君のこと、全部受け止めるから安心して。愛してるよ、あおい」
光希は私の左手の薬指に、ゆっくりと指輪を嵌めた。
それはあつらえたように私の指にぴったりと馴染んだ。まるでそこに鎮座することが決まっていたかのように。
涙があとからあとから溢れて止まらない。小さなころから育んできた大切な恋は、とうとう実ったのだ。
「今日は返したくない。僕と一緒に過ごして欲しい」
光希のその言葉に、私はその指輪を見つめた後に大きくこくりと頷き返した。