ただひとりの運命の人は、私の兄でした
「ちょっとあおい!!昨夜はどうしたの、お兄さんと何かあったの!?」
私が家に帰ると、絹が玄関まで飛んできて心配そうに眉をひそめた。
「ごめん、絹。心配掛けて」
「もー、突然“今日は帰らない。心配しないでね”とだけ書いてあるメッセージが届いたから、ホント驚いたんだよ」
私の無事な姿を見て安心したのか、絹はふっと肩の力を抜いた。
「絹、……私、光希と恋人になったの」
「は!?」
私の一言に、絹は鳩が豆鉄砲でもくらったかのような表情を浮かべた。
「なに、なんだって!?」
「話すと長いんだけど、絹には聞いて欲しいの」
「……オーケー。お茶でも用意しようか」
絹は何かを敏感に感じ取ったのだろう。ニカっと笑って大きく頷いてくれた。

絹とダイニングに向かい合って座り、私は光希とのことを全部話した。
ずいぶん長くなってしまったけれど、絹はじっくりと耳を傾けて辛抱強く聞いてくれた。
私は絹のこういう優しさに何度救われてきたのだろう。

「そうだったんだ……あおい、そんなものを抱えていたんだね。もう、私には話してくれれば良かったのに……」
すべてを聞き終ったあと、絹は大きなため息を吐きながらそう言った。
「ごめんね、絹。秘密にしていたこと、本当に申し訳なく思ってるよ……」
「ううん、私があおいの立場でも、やっぱり言えなかっただろうから。でもこれからは何でも話してよね!」
ふんわりと笑う顔があまりに優しくて、私は泣きそうになった。
「ありがとう、絹、ありがとうね……」
「いいの、いいの。で、これからどうするの?お兄さんと結婚って、具体的にどうするか決まってるの?もうここも出ていくの?」
「それも光希と話しあったんだけど……私が大学卒業するまで、ここに置いてもらえないかな?」
「えっ、……まだ私と一緒に住んでくれるの!?」
「ぜひお願いします。私がきちんと大学を卒業してから結婚するって決めたんだ。光希と一緒に住むのもそれから。一応、けじめはつけようと思って」
「そうなんだー……良かった!!あおいが突然出ていかれたら、私、明日から暮らしていけないところだったよ!!」
「もう、絹ってば……」
私たちは声を出して笑い合った。
「で、気になることがあるんだけど、……もうお兄さんとしちゃったの!?朝帰りだもんねぇ」
突然の絹の核心を突く質問に、私は顔を真っ赤にした。
「あ、したね?したんだね!?」
「……はい」
ぼそぼそと呟く私を見ると、絹はきゃあきゃあと騒ぎだした。
「お兄さん、手、はっや!!両想いになった途端、ソッコー自分のものにした!!」
「ち、ちがうの!!あの、どっちかって言うと、私からお願いしたって言うか……何て言うか……」
「あおい、だいたーん!!」
「やめてー!思い返すと自分でもがっつきすぎていて恥ずかしくて死にそうなのー!!」
両手を顔に当てて耳まで赤くする私を、絹は楽しそうに笑った。
「……良かったね、あおい。今まで我慢してきた分、いっぱい幸せになりなよ」
「きぬ……」
「結婚式には絶対呼んでよね!!」
鼻の奥がつんとして、目がじんわりと熱くなった。
「……うん、ありがとう……絹がいてくれたから、私、頑張れた。高校の時、誰も私と友達になろうとしなかったのに、絹だけは違った。いつもいつも優しくしてくれて……絹は私の一生の親友だよ」
「あおいぃぃ……」
「こんな私だけど、これからも宜しくお願いします……」
「うわぁぁん、あおいぃっ!!よめになんていくなぁ―――!!」
「き、きぬぅ……!!」
私たちはお互いにがつっと抱き合うと、ばかみたいにわんわんと泣いた。
涙も鼻水も止まらなくて、顔じゅうぐちゃぐちゃにして泣き続けた。

ほんとうに、ほんとうにありがとう。
絹、大好きだよ。たくさん支えてくれてありがとう。今度は私が絹の力になりたい。絹が困っている時は、すぐに飛んでいくからね。


その数日後、私はファミレスで待ち合わせをしていた。どうしても会いたい人がいたから。
もうそろそろ来るだろうかと思って顔を上げると、ちょうどその人は現れた。
「よう、待たせて悪いな」
「ううん、全然。ごめんね呼び出して」
「……その顔は、いいことあったんだな」
私が待っていた人―――藤井君は、口の端を吊り上げてニヤっと笑った。
私を応援してくれた藤井君にも、光希との全てを報告するつもりだった。

話の一部始終を聞き終ると、藤井君はふーっと大きくため息を吐いた。
「良かったな、あおい。おめでとう」
「藤井君が応援してくれたお陰だよ。どうもありがとう」
私がそうお礼を言うと、藤井君はちょっと神妙な顔をした。
「……藤井君?どうかした?」
「あのさ、今だから言うけど、俺、お前のことずっと好きだった」
「っ……、!!」
「でもあおいは俺のこと友達としか見てなかったから。でも、前に一緒にカラオケに行ったことがあっただろ?あれ、絶好のチャンスなんじゃないかと思ってたよ」
「藤井君……」
「あの時のあおい、めちゃくちゃ弱ってたから。今ここで口説いたら、落とせるんじゃないかと思った。でもさ、やっぱりそれって弱みに付け込むみたいで良くないよなぁって」
私が何も言葉を発せないでいると、藤井君は困ったように笑った。
「まあ、そうやって付き合っても絶対にうまくいかなかっただろうし。落ち着く事に落ち着いたってことで、ベストな結果になったな」
「藤井君、……私、」
「おっと謝るなよ!全部俺が決めた事だ。あおいが幸せにになることが俺は一番嬉しい。なあ、俺たちは性別を超えた親友ってことでいいよな?これからも宜しく」
藤井君は穏やかに笑った。
私は知らぬ間にどれだけ彼を苦しませたのだろう。
すべてを噛み砕き、言いたい事を呑みこんで、私に優しく接してくれる藤井君は、とてつもなく強い人だ。
その優しさにあぐらをかいていた私を、どうか許して欲しい。
「ふじいくん、あ、ありがとう……」
勝手にじわじわと涙が滲んできた。

私は一人じゃなかった。たくさんの人に支えられ、励まされて生きてきたのだ。

「泣くなよおい!俺が泣かせたみたいじゃないか!!」
「うぅ……ごめん……」
藤井君はあたふたと慌ててハンカチを取り出していて、その優しさに私はまた涙を溢れさせた。

ずっと祈っているよ、藤井君が幸せになることを。その時には、真っ先にお祝いさせてね……


光希とのことは、お互いの親にきちんと報告に行った。
知らせを聞いた私の母は大喜びだった。
しかし私の結婚を祝っているよりは、ひとつイベントが増えたことに興奮している様な印象ではあったけれど。
「まあまあ!結婚式には何を着ようかしら!!」
と、やっぱり自分のことを一番に考えているようなので相変わらずだなぁとこっそりため息を吐く。
それでも、母が私に光希を巡り合わせてくれたのだ。
「お母さん、ありがとうね」
私が感謝をこめてそう告げると、母はぽかんとした表情をした後に、恥ずかしそうに笑った。
「あおいには迷惑ばかり掛けちゃったわね。ごめんね、こんなお母さんで。光希さんなら大丈夫よ。たくさん幸せにして貰いなさい」
「責任をもって、僕が必ず幸せにします」
光希が穏やかな笑顔でそう告げてくれると、母は嬉しそうに微笑んだ。

光希のお父さんは報告を聞いて、ふうっと大きなため息を吐いて眉間を指で揉んだ。
私なんかじゃダメなんだろうな。
予想していたことだけれど、やはり少々傷つく。
光希の結婚相手には、深層の令嬢とか、見目麗しいお嬢様が良かったのだろう。
私の表情が曇ったのを心配してか、光希は重ねて宣言した。
「……父さん、僕はあおいと結婚するから。彼女以外に考えられない」
「お前はバカか」
その一言がぐさりと胸に突き刺さる。私みたいなちんちくりんを選んだ光希を非難しての言葉だろうか。
「父さんそれ、どういう意味だよ」
光希の声が怒りを含んだ様に一段低くなった。
「……だってそうだろう。お前が臆病者でバカだから、二人の結婚が決まるまでにこんなに時間がかかったんじゃないか。全く、そういうつもりだったなら早く言えばいいものを……」
光希のお父さんは、呆れたように笑った。その言葉に光希は口をぽかんと開けて黙ってしまった。
「こっちは知らないから見合いだの結婚相談所だのと散々気を揉んでしまったじゃないか。このバカ息子め」
「と、父さん……」
珍しく光希が顔を赤くして焦っている。何だかとても恥ずかしそうだ。
「あおいちゃん、こんな愚息だけれど、どうか面倒を見てやってくれないか。何かあったらすぐに知らせなさい。私がぶん殴ってやるから」
悪戯っぽく笑うその顔は、やっぱり光希とそっくりだった。
光希と出会う奇跡を生んでくれたこの人に、私は心からの感謝を感じていた。
「ちょ、ちょっと父さん!!そんなことには絶対にならないから」
「……では、その時には、宜しくお願いします」
私のその言葉に大笑いが巻き起こった。
光希と目が合うと、楽しそうに微笑んでくれて、胸に幸せがじんわりと広がった。

そして私は、光希と正式に婚約した。
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