ただひとりの運命の人は、私の兄でした

いつまでも幸せの海を、あなたと

大学在学中は絹と一緒に住むことにしたけれど、以前と違うことがひとつ。
それは、私の外泊が増えたことだ。
「今週末もですかー、あおいさん」
「は、はい……」
絹がうりうりと肘で私をつつくから、私は俯いて赤くなるばかりだ。
「溺愛されてますねぇ、あおいさん。今度は妹としてじゃなくて、恋人として」
そんな絹のからかいに、私はますます小さくなる。
「なんつーかあおいのお兄さんさ、今まで我慢してきた分、愛が爆発している感じだねぇ。あおい、たっぷり愛されてるからこんなに綺麗になっちゃって」
人差し指で頬をぷにぷにと押され、私はいや、あの、と答えるのが精いっぱいだ。
そこでスマホが着信を告げる。
「あ、お兄さん、迎えに来たんじゃない?」
「う、うん。じゃあ行ってきます」
「おうおう、楽しんでおいで~」
ひらひらと手を振って送り出してくれる絹に挨拶をし、私は急いでマンションのエントランスに向かう。
そこには見慣れた黒い車。
それを目にしただけで私の頬は緩んでしまう。少しでも早く会いたくて足を速める。
私に気がついた光希が運転席から降りてきて、軽く手を振った。
「会いたかったよ、あおい」
「私も、光希」
息を切らせる私に優しい言葉をかけて、光希は助手席のドアを開けた。
私がシートに座ると静かにドアを閉めてくれて、颯爽と運転席に回る。
そして私の頭に手を添えて、以前教えてくれた“大人のキス”をしてくれるけれど、それだけで私の頭はとろとろに蕩けてしまう。
唇を離した光希をぽうっと見詰めていると、光希は嬉しそうに笑った。
「キス、好き?」
「光希のキス、気持ちいい……」
「それはね、お互いを愛しいって思っているからだよ。愛してるよ、あおい」
こんな調子で、光希は私への愛情を常に囁く。なんだか中毒性のある毒に冒されているような感覚だ。甘美で蕩ける様な毒に。
「さあ、僕たちの家に行こうか」
心地よいエンジン音を響かせて、光希は静かに車を発進させた。

「結婚したら、新しいマンションに住みかえない?」
光希は以前、そんな風に提案してきたことがあった。
「私はここがいい。たくさん思い出が詰まった、大切な場所だから」
「そっか……それならいいんだ」
「うん。辛いことも楽しい事も、たくさんあった。今度はここで、たくさん幸せな思い出を作っていきたい」
大切な光希と私のお城。
未来を見つめながら、ここで二人で生きていきたいんだ。

光希は私のために、いつも手料理を用意してくれる。私がやると言っても、それが僕の趣味だからと言って光希は聞かない。
悪いとは思いつつも、内心は光希の料理を食べられることが嬉しい。
どこかに食べに行く事もあるけれど、私は光希のお料理が一番口に合うのだ。
でも、私だって少しは光希に追いつきたいと思っているので、頑張ってレシピを増やしているところ。
光希先生に直接教えてもらう事もあれば、絹とのマンションで新しいレシピにチャレンジすることもある。
卒業して一緒に住む時には、何とか驚かせたいと思っている。

光希はますます私を甘やかすようになった。
“誰にも遠慮する必要が無くなったから”と言って、私をまるでお姫さまのように扱うのだ。
「……あのさ、光希、私を甘やかしすぎじゃない?」
その日の夕食の席で、私は思い切って切りだした。
「どうして?何かいけない?」
本当に不思議そうに首を傾げる光希。全くこのひとは……。
「どろっどろに甘やかしてあげるから、あおいは僕に依存すればいいんだよ。そのうち僕がいるのが当たり前になって、僕なしじゃやっていけないくらいにたっぷり愛してあげるから」
「光希、こわぁい」
私が恐がるふりをすると、光希は腕を組んで鼻をフンと鳴らした。
「そうだよ、僕の愛はそれくらい重いんだ。あおいの全部が好きなんだよ。……嫌になった?」
「……ううん、嬉しい」
熱烈な愛の告白に赤くなりつつも私が答えると、光希は嬉しそうに笑った。

夕食が終ると、ディッシュウォッシャーに入れる食器をざっと洗うのは私の仕事。
やらなくていいと光希は言うけれど、これくらいしなきゃ罰が当たる。
ふんふんと鼻歌を歌いながら片づけていると、背後から光希に抱きしめられた。心臓がどきんと大きく鼓動を打つ。
「ひゃ、びっくりした……」
「夢みたいだ。またあおいがこうやって戻ってきてくれて、僕の恋人になってくれるなんて」
「……私だって同じだよ。絶対に叶わない恋だと思っていたから、本当に嬉しい」
「早く結婚して、一緒に住みたいな。ねぇ、今すぐ住むのはやっぱりダメなの?」
光希は何かと言うとすぐにこの話を振ってくる。とにかく私と四六時中一緒にいたいから、だそうだ。
それは嬉しい限りだけど、やっぱり卒業まではきちんとけじめをつけたいと思っている。
それに、絹と過ごす残り僅かな時間を私は大切に思っているのだ。
「ふふ、楽しみに待っていてね」
「まあ仕方ないよね。あおいにもあおいの世界があるんだし……でもバイトは禁止だからね」
「わ、分かってるよ」
「お金が足りないなら僕が出すから」
「足りてますから!!」
「そう?遠慮しなくていいんだよ?」
恋人になってから、光希の心配性は歯止めがかからなくなった気がする。それが愛おしいなんて思っていることは内緒だ。
「門限は19時と言いたいところだけど……」
「そ、それじゃあ私、友達とごはんも食べに行けないよ!?」
「そうだよねぇ、分かっているんだけどさ……離れているから心配で仕方ないんだよね。とりあえず、家に帰ったら必ず無事の報告だけはしてね」
「何も心配することなんて無いよ。会うとしても高校からの友達の藤井君とか、本田君、絹っていう仲間だし」
最後のお皿を洗い終えて水を止めると、光希が口を尖らせてむすっとしている。
「光希?どうしたの?」
「……藤井君ってさぁ、あおいのこと好きだったでしょ?」
ぎくりとして、身体がこわばってしまう。光希は気付いていたのか。
「あ、あの……そんな時期もあったみたいだけれど……私たち、永遠の友情を結んだから大丈夫だよ」
「……そうなの?」
まだ納得いかなそうに眉をしかめる光希が可愛くて、私は思わずぷっと吹き出してしまう。
「光希、やきもちやいてくれたの?」
「こんな年になって恥ずかしいけれど、……そういうことだね。あの子がライバルだったらなかなか手強いなぁって思ってたんだ。まあ負けるつもりなんて無かったけれど」
光希は私をぎゅうっと抱きしめた。彼の愛情を、素直に嬉しいと感じた。
「お互いの気持ち、何でも言い合っていこうね。これからもずっと」
「そうだね。今まで言えなかった分、いっぱい言っていくよ」
私は光希と向き合い、柔らかく抱きしめあった。
逞しい筋肉を感じる。男らしさが伝わって来て、心がきゅんとしてしまう。
すると、光希が私の腰のあたりをやんわりと撫でさすってきた。
「ん、……みつき……?」
「あおい、抱きたい。この週末をずっと楽しみにしていたよ。あおい……」
ゆっくりと顔を上げてみれば、光希の瞳は切なげな色に染まっていた。
「光希……」
「ごめん、余裕ない……」
返事をするいとまもなく、光希は噛みつくように私の唇を奪った。
互いに顔の角度を変えて、何度も互いを求めあう。それはまるで媚薬のようなキス。私の何もかもが光希を求めて切なく熱くなる。
私はそのまま光希に軽々と抱きかかえられ、ベッドルームに連れ込まれた。

そこにあるのは、光希がこだわりにこだわり抜いて手に入れたキングサイズのベッド。
平均よりも背が高い光希は元々セミダブルのベッドを使っていたけれど、最近になってそれをキングサイズに買い替えた。
「だってこれからは一緒に寝るでしょ?」
「えっ、……そっか、そうなるのか……」
何だか“一緒に寝る”という言葉にドキドキして、私は赤くなってしまった。
「せっかくだから最高の寝心地のものが欲しいよね」
そんな事を言って光希は何やらたくさんパンフレットを集めていた。そして今まで見たこともないような悩ましげな表情でそれらを見比べ、やっと決めたベッドなのだ。

ゆったりとそこに横たえられれば、身体は心地よく沈み込む。
私に触れる光希の手はいつも熱くて優しくて、もっと触って欲しいと願わずにいられない。
「あおい、いっぱい愛してあげる」
「光希……」
広い広いシーツの上で、私たちは今日も愛を確かめ合う。
私は幸せすぎて、いつも途中から泣きだしてしまう。
だって、こんな日が来るなんて本当に思っていなかったから。
「泣かないで、あおい」
いつもと変わらぬ柔らかい笑顔で優しく抱き寄せられ、心が歓喜で震えてしまう。私が心から望んだ唯一の人。その温かい手も、優しい囁きも、逞しい胸も、すべてが自分のもの。自分だけのものなのだ。
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