ただひとりの運命の人は、私の兄でした
光希と私の仲が非常にうまくいったので、父も母もほっと胸を撫で下ろしたようだった。
そして私たちは家族になり、私の名字は“如月”になった。
一つ屋根の下に住むようになってからも、私たちはとてもうまくいっていたように思う。
光希はどんな時も、私を一番に優先してくれた。いつでも私の味方だった。
今まで母が聞いてくれなかった話にも、光希は耳を傾けてくれた。
と言っても、私は話すのがうまくない。
言葉を選びながら、ぽつりぽつりとしか話せなかった。
「今日、なわとびで、クラスでいちばん多く飛べたんだ……」
「すごいじゃないか!僕はなわとびは苦手だったなぁ。何かコツがあるの?」
「えっと、……あの、……」
「うん。ゆっくりでいいから話してごらん」
「給食の牛乳、おかわりできた……」
「好き嫌いが無くて偉いなぁ!きっと背が大きくなるね」
「光希は……牛乳、好き?」
「うん。がばがば飲んでたら、こんなに大きくなっちゃった」
今まで誰も聞いてくれなかった話。
断言できるけれど、トークスキルが壊滅的な私の話など、絶対に面白くなかっただろう。
話のオチも無ければヤマも無い。
私の心の中の一部を、ただ切り取って表に出しただけのつまらない話。
それでも光希はあくび一つせず、辛抱強く聞き続けてくれた。
それまで色のなかった私の世界が、少しずつ華やかに彩られていった気がした。
光希に聞いて欲しい。
光希ならどういう反応をしてくれるだろう。
そう思うと、道端に咲いている小さな花でさえ、なんだか無性に愛おしく思えてきた。
穏やかな波のない海の様だった私の心に、“嬉しい”とか“楽しい”という感情のさざめきを教えてくれたのは光希だ。
それまで自分の殻に閉じこもりがちだった私の手を引いてくれたのも光希。
臆病で歩みののろい私のことを、急かす事無くじっくりと導いてくれた。
気がつけば、私はかなりのお兄ちゃんっ子になっていた気がする。
話を聞いてくれない母よりも、いつまでも慣れない父よりも、兄を一番信頼していた。
私がいじめられていることにいち早く気がつき、解決してくれたのも光希だ。
彼は私の僅かな変化を敏感に感じ取っていた。
「何かあったんでしょう?あおい。僕には我慢しないで、何でも話していいんだよ」
唇をつぐんで立ちつくす私の前に膝まずき、視線を合わせてくれた。
「恐がらないで。大丈夫だよ、言ってごらん」
耳に優しく響く、穏やかな低い声。
私は我慢していたものが一気に決壊したかのように涙を溢れさせた。
ああ、私の痛みを分かろうとしてくれる人がいる。
それだけでどれほど幸せだっただろう。
泣きじゃくる私の頭を何度も撫でて、私が落ち着くまでじっと光希は寄り添ってくれた。
髪の毛の色が茶色いとからかわれたこと。色が白くないから可愛くないとバカにされたこと。
私はゆっくりと言葉にし、光希はうんうんと静かに聞き続けてくれた。
「もう大丈夫だよ、あおい。僕が助けてあげる」
光希はその言葉通りその相手の家に怒鳴りこみ、恐ろしく冷たい目で理路整然と相手を論破し、私に心からの謝罪をさせた。
私はそんな兄の姿を見るのが初めてだったから怖くてずっと泣いていたけれど、本当はとても嬉しかった。
自分を助けてくれる絶対的な存在がいるのだと実感できて。
たまには以前の様に話相手として母につかまってしまうこともあった。
以前は我慢できたその時間が、その時には既に耐えがたい苦痛になっていた。
心ここにあらずといった調子で気のない返事をする私に気がつき、母はぷりぷりと怒って見せたこともあった。
「お母さん、僕が話を聞くよ」
そんな時にそれとなく私を助けてくれるのも光希だった。
母は、とにかく誰かに同意して褒めてもらえれば満足なのだ。その相手が私であろうと、光希であろうと、そんなのどうでもいいのだ。
光希は私に立ち去るように視線を送り、母の話を延々と聞くという仕事をこなしていた。
「……さっきはごめんなさい。嫌な役目、させちゃった」
夜、寝る前に光希の部屋を訪ねて、私はぺこりと頭を下げた。
「ふふっ。いいんだよ。あおい、今までよく頑張ってたね。いつもあんなつまらない話を聞いてたの?おっと失礼」
「……!」
私が驚いて顔を上げると光希は肩をすくめて悪戯っぽく笑っていた。
思わず私はぷっと吹きだしてしまう。
そして、心の底から安堵した。
あの優しい光希でさえ、母の話は聞くに堪えないのだと言ってくれて。
自分がずっと悩んでいたことをさらりと笑い飛ばしてくれて、本当に救われた気がした。
何だか気持ちが軽くなって、私は笑いが止まらなくなってしまった
「やばいよね、今の話、ナイショだよ!」
光希は頭をかしかしと掻いて笑顔を見せてくれて、私はまた嬉しくなった。
私は光希のことがどんどん好きになっていった。
それが、家族としての親愛の情なのか、恋愛感情なのかなんて分からなかった。
だって、私は誰かに恋をしたことなど無かったのだから。
ただ、光希という存在が、自分の中で次第に大きくなっていっていることだけは確かだった。
そして私たちは家族になり、私の名字は“如月”になった。
一つ屋根の下に住むようになってからも、私たちはとてもうまくいっていたように思う。
光希はどんな時も、私を一番に優先してくれた。いつでも私の味方だった。
今まで母が聞いてくれなかった話にも、光希は耳を傾けてくれた。
と言っても、私は話すのがうまくない。
言葉を選びながら、ぽつりぽつりとしか話せなかった。
「今日、なわとびで、クラスでいちばん多く飛べたんだ……」
「すごいじゃないか!僕はなわとびは苦手だったなぁ。何かコツがあるの?」
「えっと、……あの、……」
「うん。ゆっくりでいいから話してごらん」
「給食の牛乳、おかわりできた……」
「好き嫌いが無くて偉いなぁ!きっと背が大きくなるね」
「光希は……牛乳、好き?」
「うん。がばがば飲んでたら、こんなに大きくなっちゃった」
今まで誰も聞いてくれなかった話。
断言できるけれど、トークスキルが壊滅的な私の話など、絶対に面白くなかっただろう。
話のオチも無ければヤマも無い。
私の心の中の一部を、ただ切り取って表に出しただけのつまらない話。
それでも光希はあくび一つせず、辛抱強く聞き続けてくれた。
それまで色のなかった私の世界が、少しずつ華やかに彩られていった気がした。
光希に聞いて欲しい。
光希ならどういう反応をしてくれるだろう。
そう思うと、道端に咲いている小さな花でさえ、なんだか無性に愛おしく思えてきた。
穏やかな波のない海の様だった私の心に、“嬉しい”とか“楽しい”という感情のさざめきを教えてくれたのは光希だ。
それまで自分の殻に閉じこもりがちだった私の手を引いてくれたのも光希。
臆病で歩みののろい私のことを、急かす事無くじっくりと導いてくれた。
気がつけば、私はかなりのお兄ちゃんっ子になっていた気がする。
話を聞いてくれない母よりも、いつまでも慣れない父よりも、兄を一番信頼していた。
私がいじめられていることにいち早く気がつき、解決してくれたのも光希だ。
彼は私の僅かな変化を敏感に感じ取っていた。
「何かあったんでしょう?あおい。僕には我慢しないで、何でも話していいんだよ」
唇をつぐんで立ちつくす私の前に膝まずき、視線を合わせてくれた。
「恐がらないで。大丈夫だよ、言ってごらん」
耳に優しく響く、穏やかな低い声。
私は我慢していたものが一気に決壊したかのように涙を溢れさせた。
ああ、私の痛みを分かろうとしてくれる人がいる。
それだけでどれほど幸せだっただろう。
泣きじゃくる私の頭を何度も撫でて、私が落ち着くまでじっと光希は寄り添ってくれた。
髪の毛の色が茶色いとからかわれたこと。色が白くないから可愛くないとバカにされたこと。
私はゆっくりと言葉にし、光希はうんうんと静かに聞き続けてくれた。
「もう大丈夫だよ、あおい。僕が助けてあげる」
光希はその言葉通りその相手の家に怒鳴りこみ、恐ろしく冷たい目で理路整然と相手を論破し、私に心からの謝罪をさせた。
私はそんな兄の姿を見るのが初めてだったから怖くてずっと泣いていたけれど、本当はとても嬉しかった。
自分を助けてくれる絶対的な存在がいるのだと実感できて。
たまには以前の様に話相手として母につかまってしまうこともあった。
以前は我慢できたその時間が、その時には既に耐えがたい苦痛になっていた。
心ここにあらずといった調子で気のない返事をする私に気がつき、母はぷりぷりと怒って見せたこともあった。
「お母さん、僕が話を聞くよ」
そんな時にそれとなく私を助けてくれるのも光希だった。
母は、とにかく誰かに同意して褒めてもらえれば満足なのだ。その相手が私であろうと、光希であろうと、そんなのどうでもいいのだ。
光希は私に立ち去るように視線を送り、母の話を延々と聞くという仕事をこなしていた。
「……さっきはごめんなさい。嫌な役目、させちゃった」
夜、寝る前に光希の部屋を訪ねて、私はぺこりと頭を下げた。
「ふふっ。いいんだよ。あおい、今までよく頑張ってたね。いつもあんなつまらない話を聞いてたの?おっと失礼」
「……!」
私が驚いて顔を上げると光希は肩をすくめて悪戯っぽく笑っていた。
思わず私はぷっと吹きだしてしまう。
そして、心の底から安堵した。
あの優しい光希でさえ、母の話は聞くに堪えないのだと言ってくれて。
自分がずっと悩んでいたことをさらりと笑い飛ばしてくれて、本当に救われた気がした。
何だか気持ちが軽くなって、私は笑いが止まらなくなってしまった
「やばいよね、今の話、ナイショだよ!」
光希は頭をかしかしと掻いて笑顔を見せてくれて、私はまた嬉しくなった。
私は光希のことがどんどん好きになっていった。
それが、家族としての親愛の情なのか、恋愛感情なのかなんて分からなかった。
だって、私は誰かに恋をしたことなど無かったのだから。
ただ、光希という存在が、自分の中で次第に大きくなっていっていることだけは確かだった。