ただひとりの運命の人は、私の兄でした
「あおいのお兄ちゃんってすごくない?」
「……うん、身内ながらすごいと思う」
「だよねぇ!あの外車、まじ高いやつでしょう!?」
翌日の昼食時間、絹はお弁当の卵焼きをぽいっと口にしながら驚いたように話した。
屋上で絹と過ごす昼食の時間は、私の楽しみの一つだ。
絹は私の唯一と言ってもいい友人だ。
何が気に入ったのかは分からないが、無口な私に遠慮なく話しかけてきた子だ。
私はあまりうまく受け答えできなかったけれど、それでも構わずに私と距離を詰めてきた。
今となっては、私の良き理解者となっている。本当にありがたい存在だ。
「あおいさ、あんまり家の話ってしないじゃん?だから知らなかったけど、リッチなお兄ちゃんなんだね!!」
「光希はホント昔から何でも出来たからさ。自慢の兄だよ」
「あまりに格好良くてさ、モデルかと思ったよ!ホストか何か?」
「ははっ、それ良く言われるけど違うんだよ。本人も気にしてるみたい」
「ひゃー、そうなんだぁ。でも、あおいのことめちゃくちゃ大事にしているっぽく見えた。いいお兄ちゃんだねぇ」
「……うん、それは間違いない」
私もお弁当のポテトの肉巻きを口に入れて、何度も咀嚼した。
肉のうまみがじわりと口の中に広がっていく。甘辛だれもちょうどいい濃さだ。
このお弁当だって、光希の手作りだ。
そんなことしなくていいと何度も断ったけれど、僕がやりたいからと言って聞かない。
私の体調管理も自分が責任を持ってしたいのだそうだ。
本当に、溺愛されていると思う。妹として、というのが何とも悲しいところだけれど。
「すごいねぇ、……でもさ、あんなに完璧なお兄ちゃんがいると、なかなか他の男に目がいかないんじゃないの?」
絹はケラケラと笑ったけれど、私は内心ぎくりとしていた。
正にその通りだよ。小学生の時から今の今まで、私は光希一筋です。遊んでいるなんて言われているけれど、意外と純情なんだから。
「いや、そうは言ってもお兄ちゃんだからね」
「まあ、そうだよね」
もぐもぐとおにぎりをほおばる絹の答は至極真っ当なものだった。そう、光希は私のお兄ちゃん。いつか離れていくんだから。
「ねぇ、今度さ、遊園地に出かけない?男の子も一緒にさ」
「はっ!?」
突然絹がそんなことを言うものだから、私はお弁当箱を膝からずるりと落としそうになった。
「ごめんごめん、驚かせた?たまには息抜きにどうかなぁって思ったんだけど」
「……また私の事を、すぐやれるとか思っているひとたちじゃないの……」
私は同年代の男性に対して、ひどく警戒心が強くなっていた。
持って生まれた地黒の肌、茶色の瞳、琥珀色の瞳のせいで、私はすごく“遊んでいる”とか“すぐやれる”とか思われているのだ。
全く失礼な話だ。私ほど一途な女の子なんてそういないと思うのに。
「大丈夫だよぉ!そんな子いないから。なんかね、あおいのこと気になる人がいるみたいで。あ、大丈夫だよ。真面目な子!」
その言葉に安心するけれど、どうしたものかと考える。
「ねぇ、あおい。もっと自信持った方が良いよ。あおいはスタイル抜群だし、顔なんてホント小さくてさ。目がなんとも色っぽくて魅力的なんだよ?まつ毛も天然でそんなバサバサなんて羨ましい」
「……そうかなぁ」
私には良く分からない。
光希のように牛乳をがばがば飲んだせいか、背はぐんぐんと伸びて、今や女性にしてはかなり大きい方だ。
と言っても、絹は175センチもあるから、彼女と並んでいるとあまりそれを感じないのだけど。
『光希に女性的だと思ってもらいたい』という願いが通じたのかどうか、ぺったんこだった胸いつの間にかむくむくと育ち、今や結構な存在感を放っている。
今はEカップだけど、これ以上大きくなるとブラジャーのデザインがあまり可愛いのが少なくなるから、これくらいでいい。しかしせっかく育ったこの胸も、光希には何の効果も発揮していないようだ。
「そうだよ、足だってすらっとしてさ!カモシカみたいだよ」
確かに足に関しては、足フェチの変態に追いかけられたことがあるから少しは自信を持っていいのかもしれない。
とはいえ、幼いころから息をひそめるようにして生きてきた私が自分に自信を持つというのはなかなか難しい。
光希だけが私を可愛い、素敵だね、と小さいころから褒めてくれた。
結局私の原点はすべて光希に戻ってしまうのだと気がつき愕然とする。彼がいいと言ってくれれば、それで十分だった。他人からどう思われようと、私にはどうでも良かったのだ。
とは言え、少しは光希から目をそらす努力もした方がいいんだろうか。いつまでもこのままじゃいられないんだから。
「私はうまく話せないし、多分盛り上がらないとは思うけれど、それで良ければ……」
「お、やったね!!じゃあ、早速スケジューリングしなきゃ!!」
意外な私の返答に絹は驚きつつも、嬉しそうにうきうきとスマホを取り出した。
兄離れする第一歩を踏み出せるだろうか。絹にばれないように、こっそりため息を吐いた。
上空を見上げれば、むせかえるような青い空が広がっていた。
「……青いなぁ」
目がくらみそうになり、手でひさしを作って目を細めた。本当に、ばかみたいに青い空だった。私がこんなことで何年も悩んでいるのが、くだらないと思えるくらいに。
「……うん、身内ながらすごいと思う」
「だよねぇ!あの外車、まじ高いやつでしょう!?」
翌日の昼食時間、絹はお弁当の卵焼きをぽいっと口にしながら驚いたように話した。
屋上で絹と過ごす昼食の時間は、私の楽しみの一つだ。
絹は私の唯一と言ってもいい友人だ。
何が気に入ったのかは分からないが、無口な私に遠慮なく話しかけてきた子だ。
私はあまりうまく受け答えできなかったけれど、それでも構わずに私と距離を詰めてきた。
今となっては、私の良き理解者となっている。本当にありがたい存在だ。
「あおいさ、あんまり家の話ってしないじゃん?だから知らなかったけど、リッチなお兄ちゃんなんだね!!」
「光希はホント昔から何でも出来たからさ。自慢の兄だよ」
「あまりに格好良くてさ、モデルかと思ったよ!ホストか何か?」
「ははっ、それ良く言われるけど違うんだよ。本人も気にしてるみたい」
「ひゃー、そうなんだぁ。でも、あおいのことめちゃくちゃ大事にしているっぽく見えた。いいお兄ちゃんだねぇ」
「……うん、それは間違いない」
私もお弁当のポテトの肉巻きを口に入れて、何度も咀嚼した。
肉のうまみがじわりと口の中に広がっていく。甘辛だれもちょうどいい濃さだ。
このお弁当だって、光希の手作りだ。
そんなことしなくていいと何度も断ったけれど、僕がやりたいからと言って聞かない。
私の体調管理も自分が責任を持ってしたいのだそうだ。
本当に、溺愛されていると思う。妹として、というのが何とも悲しいところだけれど。
「すごいねぇ、……でもさ、あんなに完璧なお兄ちゃんがいると、なかなか他の男に目がいかないんじゃないの?」
絹はケラケラと笑ったけれど、私は内心ぎくりとしていた。
正にその通りだよ。小学生の時から今の今まで、私は光希一筋です。遊んでいるなんて言われているけれど、意外と純情なんだから。
「いや、そうは言ってもお兄ちゃんだからね」
「まあ、そうだよね」
もぐもぐとおにぎりをほおばる絹の答は至極真っ当なものだった。そう、光希は私のお兄ちゃん。いつか離れていくんだから。
「ねぇ、今度さ、遊園地に出かけない?男の子も一緒にさ」
「はっ!?」
突然絹がそんなことを言うものだから、私はお弁当箱を膝からずるりと落としそうになった。
「ごめんごめん、驚かせた?たまには息抜きにどうかなぁって思ったんだけど」
「……また私の事を、すぐやれるとか思っているひとたちじゃないの……」
私は同年代の男性に対して、ひどく警戒心が強くなっていた。
持って生まれた地黒の肌、茶色の瞳、琥珀色の瞳のせいで、私はすごく“遊んでいる”とか“すぐやれる”とか思われているのだ。
全く失礼な話だ。私ほど一途な女の子なんてそういないと思うのに。
「大丈夫だよぉ!そんな子いないから。なんかね、あおいのこと気になる人がいるみたいで。あ、大丈夫だよ。真面目な子!」
その言葉に安心するけれど、どうしたものかと考える。
「ねぇ、あおい。もっと自信持った方が良いよ。あおいはスタイル抜群だし、顔なんてホント小さくてさ。目がなんとも色っぽくて魅力的なんだよ?まつ毛も天然でそんなバサバサなんて羨ましい」
「……そうかなぁ」
私には良く分からない。
光希のように牛乳をがばがば飲んだせいか、背はぐんぐんと伸びて、今や女性にしてはかなり大きい方だ。
と言っても、絹は175センチもあるから、彼女と並んでいるとあまりそれを感じないのだけど。
『光希に女性的だと思ってもらいたい』という願いが通じたのかどうか、ぺったんこだった胸いつの間にかむくむくと育ち、今や結構な存在感を放っている。
今はEカップだけど、これ以上大きくなるとブラジャーのデザインがあまり可愛いのが少なくなるから、これくらいでいい。しかしせっかく育ったこの胸も、光希には何の効果も発揮していないようだ。
「そうだよ、足だってすらっとしてさ!カモシカみたいだよ」
確かに足に関しては、足フェチの変態に追いかけられたことがあるから少しは自信を持っていいのかもしれない。
とはいえ、幼いころから息をひそめるようにして生きてきた私が自分に自信を持つというのはなかなか難しい。
光希だけが私を可愛い、素敵だね、と小さいころから褒めてくれた。
結局私の原点はすべて光希に戻ってしまうのだと気がつき愕然とする。彼がいいと言ってくれれば、それで十分だった。他人からどう思われようと、私にはどうでも良かったのだ。
とは言え、少しは光希から目をそらす努力もした方がいいんだろうか。いつまでもこのままじゃいられないんだから。
「私はうまく話せないし、多分盛り上がらないとは思うけれど、それで良ければ……」
「お、やったね!!じゃあ、早速スケジューリングしなきゃ!!」
意外な私の返答に絹は驚きつつも、嬉しそうにうきうきとスマホを取り出した。
兄離れする第一歩を踏み出せるだろうか。絹にばれないように、こっそりため息を吐いた。
上空を見上げれば、むせかえるような青い空が広がっていた。
「……青いなぁ」
目がくらみそうになり、手でひさしを作って目を細めた。本当に、ばかみたいに青い空だった。私がこんなことで何年も悩んでいるのが、くだらないと思えるくらいに。