ただひとりの運命の人は、私の兄でした
優しい風が吹いて
その週末、私は生まれて初めて“グループデート”というやつに出かけた。
行き先はお台場のアミューズメントパーク。メンバーは、絹、私、二人の男の子。
私に興味を持っていてくれたらしいのは、背の高さは光希よりも少し低くて、きっと顔は格好良いと評価されるタイプの男の子だった。
「学校でも、文武両道ですごい人気があるんだから!硬派で男らしくてさ、でも女の噂とか聞いた事無いし、すごくいい感じだと思うよ~」
事前に絹は私に情報を仕込んでくれていた。
そして会ってみたら、確かにこの人は人気があるだろうなあと納得するくらいの好青年だった。
「初めまして、藤井響です」
ちょっと頬を赤くしながらぺこりと頭を下げたその姿は、とても好感が持てた。
垂れ目でツリ眉、でもすっと通った鼻筋は怜悧な印象を与える。光希とはまた違ったタイプの美形だった。
「あっ、……どうも」
「如月あおいさん、ですよね。今日は有難うございます」
「その、こちらこそです……私、全然面白く無い人間ですが、いいんですか?」
「そんなのっ、俺の方がつまらないです!その、女の子と付き合った事も無いし、もう今日は緊張しちゃって!」
かしかしと頭を掻きながら、藤井君は耳まで赤くなった。彼の誠実さがにじみ出ている様で、心がふんわりと暖かくなる。
「なーに固いあいさつしちゃってるの!?あんたたち、お見合いみたいだよ?」
見かねた絹がゲラゲラと笑いだし、私たちの肩をぽんぽんと叩いた。
そこで我に返った私たちは、お互いに目を合わせるとぷっと吹きだした。
「……敬語、やめませんか。気楽にお話したいです」
笑ったせいで目じりに浮かんだ涙を指で拭いながら、私は彼にそう提案した。
「えっ、……いいんですか。俺は、素に戻るとかなりぶっきらぼうで、愛想のない話し方になってしまうんだが」
「構わないよ。その方が、私もいいし」
「……わかった。今日は楽しもう」
藤井君はほうっとひとつため息を吐くと、肩の力が抜けたのかとびきりの笑顔を見せてくれた。
それで私も緊張が取れて、こっくりと大きく頷いた。
私は今までのあまり嬉しくない経験から、同世代の男の子は恐くて意地悪くらいに思っていたけれど、彼はそんな私の考えを覆してしまった。
藤井君は不器用だけど優しくて、誠実さな人柄が行動から滲みでる様な素晴らしい人だった。
彼の言葉には嘘が無くて、真っすぐで負けず嫌い。そこがまた何とも可愛らしかった。
シューティングゲームで絹ともう一人の男の子、本田君とのペアに総合得点が負けてしまった時など、本気で悔しがっていた。
「く、くやしい……!次は絶対に勝つ……!!」
「私たちも頑張ったんだけどね。次は作戦立ててみようか」
「そうだな、あおいは……あ、ごめん」
絹が私をあおいと呼ぶのがうつってしまったのか、藤井君は私の事をぽろっと呼び捨てにした。
彼は申し訳なさそうに口をつぐんでしまったけれど、私は全然気にしていなかった。
他の男の子からそう呼ばれたら不快に感じるかもしれないけれど、藤井君なら全然構わないと思った。
「藤井君、気にしないで。あおいって呼んで?大丈夫だよ」
私がそう言うと、彼は弾かれたように顔を上げた。
「……いいんだろうか。ごめん、俺、馴れ馴れしいな」
「ううん、そんなことない。さあ、次は勝とうよ」
「っ……、そうだな、行くぞ!」
私たちは作戦をああでもない、こうでもないと話しあいながら再びゲームに挑戦した。
一通りのアミューズメントを楽しんだ後、絹と本田君は他のゲームを見に行ってしまったので、私たちは休憩がてら二人でアイスを食べた。
「ん、これ、旨い!」
「私のこれもすごく美味しい!チョコがたっぷり入っていて」
「あおいは甘党なんだな、ダブルチョコだもんな」
「藤井君もじゃない……バナナストロベリーなんて選んでるし」
「うっ、……バレたか」
笑い合いながらアイスを食べている時、何だか周囲の視線をしばしば感じる気がした。
気のせいかと思っていたけれど、今度は明らかに私たちを見つめながらの話し声が聞こえてきた。
「うわ、すっごい美男美女カップル」
ひそひそと噂する声が聞こえてきて思わず二人で目を合わせた。
「お、……俺たちのことか……?」
「えっと、そうなのかな……」
私たちは互いにみるみる赤面して、恥ずかしくなってしまった。
「……こんなこと言うの、ホント照れるけど、……あおいは美人だからな。俺なんかと一緒で悪いな」
「な、何を言ってるの?私は全然だけど、藤井君は格好良いので有名じゃない!外見も内面も格好良くてさ。こちらこそ申し訳ないよ」
慌てて私が言い募ると、藤井君は目をぱちぱちさせた後にふっと笑った。
「俺、こんな風に素のままで話すと、女の子からイメージと違うとか、恐いとか言われちゃうんだよ。みんな、俺に優しい人物像を持っているみたいで。でもそれと違うと勝手に幻滅されてさ、めんどくせーって思ってたんだ」
「そっか……」
「でも、あおいは素のままの俺と接しても、楽しそうにしてくれてすごく嬉しかった。有難う」
「全然だよ。……私、男の子とこうやって気楽に話せるのが初めてで、嬉しいんだ。男友達っていいね」
「……友達かよ!!」
彼は口を尖らせて文句を言ったけれど、その顔は笑っていた。
私もつい友達なんて言ってしまって、彼を傷つけたかと心配したけれど、彼は勝ち気な表情を見せた。
「まあいいや。まずは友達だと思ってもらうところからスタートだな。宜しく、あおい」
「うん、宜しくね」
私が、兄以外でまともに話す事ができた初めての男の子だった。それは、私にとって奇跡みたいな出来事だった。
アミューズメントパークを出て、近くのファミレスに行きみんなで夕食を食べることにした。
そこでも、藤井君はぶっきらぼうながらも優しくて、私はリラックスして過ごすことができた。
「飲み物、何がいいんだ?」
「アイスティー。藤井君はアイスコーヒー?じゃあ、ミルクとガムシロ持っていくね」
「サンキュ」
私たちの気の置けないやりとりを見て、絹は目を丸くしていた。
「なになに、あんたたち随分親しげじゃないの?」
「えっ、……そうかな」
「息もぴったりだし。二人、すごいお似合いだよ」
ドリンクバーから席に戻るまでの間、絹はそんなことを私にひそひそと耳打ちしてきた。
確かに彼といると心が穏やかに過ごせるし、身構えずに話す事が出来る。
でもそれが恋に直結するのかと言ったら、私には良く分からなかった。
連絡先を交換して、その日は夜遅くなる前に別れた。
「またな!!」
ぶんぶんと手を振る藤井君は、何だか学校で見かけるよりもずっと子供っぽく見えた。無邪気な仕草に思わず吹きだしそうになる。
彼もまた周囲から勝手なイメージを持たれてしまい、それに疲れていたタイプなのかもしれない。
私も同じだ。このルックスのせいで、遊んでるとかエンコーしてるとか散々言われている。
そう言えば、藤井君は今日ちっとも私に対してそんなことを口にしなかった。それがすごく嬉しくて、私はじわじわと口元が緩んでしまった。
いい友達になれそうだな。
明るい予感に弾む様な気持になっていたが、私はそこで愕然とした。
いい友達。
私は彼を全く恋愛対象として見ていないのだ。
藤井君はホントに理想的な男の子だった。ルックスも秀逸だし、頭も良く、所属している剣道部では大活躍。おまけに優しく男気溢れている。
それなのに、どうして。
ぎゅっと拳を握った時に頭をよぎったのはただ一人の人物。
光希だ。
こうやって楽しく出かけた後であっても、真っ先に会いたくなるのは光希なのだ。
あの優しい笑顔を見て、甘く低い声を聞かないと、どうにも落ち着かなくて不安になってしまう。
……こんなんじゃ、ダメだ。
せっかく光希から離れる第一歩を踏み出そうとしていたのに、逆に光希への想いを思い知らされることになるなんて。
未練ったらしい自分が情けない。そしてそんな気持ちを抱えている事に、今日一緒に出かけた皆にも申し訳なくなった。
それでも光希への想いは、そう簡単に消えてくれそうにも無かった。
行き先はお台場のアミューズメントパーク。メンバーは、絹、私、二人の男の子。
私に興味を持っていてくれたらしいのは、背の高さは光希よりも少し低くて、きっと顔は格好良いと評価されるタイプの男の子だった。
「学校でも、文武両道ですごい人気があるんだから!硬派で男らしくてさ、でも女の噂とか聞いた事無いし、すごくいい感じだと思うよ~」
事前に絹は私に情報を仕込んでくれていた。
そして会ってみたら、確かにこの人は人気があるだろうなあと納得するくらいの好青年だった。
「初めまして、藤井響です」
ちょっと頬を赤くしながらぺこりと頭を下げたその姿は、とても好感が持てた。
垂れ目でツリ眉、でもすっと通った鼻筋は怜悧な印象を与える。光希とはまた違ったタイプの美形だった。
「あっ、……どうも」
「如月あおいさん、ですよね。今日は有難うございます」
「その、こちらこそです……私、全然面白く無い人間ですが、いいんですか?」
「そんなのっ、俺の方がつまらないです!その、女の子と付き合った事も無いし、もう今日は緊張しちゃって!」
かしかしと頭を掻きながら、藤井君は耳まで赤くなった。彼の誠実さがにじみ出ている様で、心がふんわりと暖かくなる。
「なーに固いあいさつしちゃってるの!?あんたたち、お見合いみたいだよ?」
見かねた絹がゲラゲラと笑いだし、私たちの肩をぽんぽんと叩いた。
そこで我に返った私たちは、お互いに目を合わせるとぷっと吹きだした。
「……敬語、やめませんか。気楽にお話したいです」
笑ったせいで目じりに浮かんだ涙を指で拭いながら、私は彼にそう提案した。
「えっ、……いいんですか。俺は、素に戻るとかなりぶっきらぼうで、愛想のない話し方になってしまうんだが」
「構わないよ。その方が、私もいいし」
「……わかった。今日は楽しもう」
藤井君はほうっとひとつため息を吐くと、肩の力が抜けたのかとびきりの笑顔を見せてくれた。
それで私も緊張が取れて、こっくりと大きく頷いた。
私は今までのあまり嬉しくない経験から、同世代の男の子は恐くて意地悪くらいに思っていたけれど、彼はそんな私の考えを覆してしまった。
藤井君は不器用だけど優しくて、誠実さな人柄が行動から滲みでる様な素晴らしい人だった。
彼の言葉には嘘が無くて、真っすぐで負けず嫌い。そこがまた何とも可愛らしかった。
シューティングゲームで絹ともう一人の男の子、本田君とのペアに総合得点が負けてしまった時など、本気で悔しがっていた。
「く、くやしい……!次は絶対に勝つ……!!」
「私たちも頑張ったんだけどね。次は作戦立ててみようか」
「そうだな、あおいは……あ、ごめん」
絹が私をあおいと呼ぶのがうつってしまったのか、藤井君は私の事をぽろっと呼び捨てにした。
彼は申し訳なさそうに口をつぐんでしまったけれど、私は全然気にしていなかった。
他の男の子からそう呼ばれたら不快に感じるかもしれないけれど、藤井君なら全然構わないと思った。
「藤井君、気にしないで。あおいって呼んで?大丈夫だよ」
私がそう言うと、彼は弾かれたように顔を上げた。
「……いいんだろうか。ごめん、俺、馴れ馴れしいな」
「ううん、そんなことない。さあ、次は勝とうよ」
「っ……、そうだな、行くぞ!」
私たちは作戦をああでもない、こうでもないと話しあいながら再びゲームに挑戦した。
一通りのアミューズメントを楽しんだ後、絹と本田君は他のゲームを見に行ってしまったので、私たちは休憩がてら二人でアイスを食べた。
「ん、これ、旨い!」
「私のこれもすごく美味しい!チョコがたっぷり入っていて」
「あおいは甘党なんだな、ダブルチョコだもんな」
「藤井君もじゃない……バナナストロベリーなんて選んでるし」
「うっ、……バレたか」
笑い合いながらアイスを食べている時、何だか周囲の視線をしばしば感じる気がした。
気のせいかと思っていたけれど、今度は明らかに私たちを見つめながらの話し声が聞こえてきた。
「うわ、すっごい美男美女カップル」
ひそひそと噂する声が聞こえてきて思わず二人で目を合わせた。
「お、……俺たちのことか……?」
「えっと、そうなのかな……」
私たちは互いにみるみる赤面して、恥ずかしくなってしまった。
「……こんなこと言うの、ホント照れるけど、……あおいは美人だからな。俺なんかと一緒で悪いな」
「な、何を言ってるの?私は全然だけど、藤井君は格好良いので有名じゃない!外見も内面も格好良くてさ。こちらこそ申し訳ないよ」
慌てて私が言い募ると、藤井君は目をぱちぱちさせた後にふっと笑った。
「俺、こんな風に素のままで話すと、女の子からイメージと違うとか、恐いとか言われちゃうんだよ。みんな、俺に優しい人物像を持っているみたいで。でもそれと違うと勝手に幻滅されてさ、めんどくせーって思ってたんだ」
「そっか……」
「でも、あおいは素のままの俺と接しても、楽しそうにしてくれてすごく嬉しかった。有難う」
「全然だよ。……私、男の子とこうやって気楽に話せるのが初めてで、嬉しいんだ。男友達っていいね」
「……友達かよ!!」
彼は口を尖らせて文句を言ったけれど、その顔は笑っていた。
私もつい友達なんて言ってしまって、彼を傷つけたかと心配したけれど、彼は勝ち気な表情を見せた。
「まあいいや。まずは友達だと思ってもらうところからスタートだな。宜しく、あおい」
「うん、宜しくね」
私が、兄以外でまともに話す事ができた初めての男の子だった。それは、私にとって奇跡みたいな出来事だった。
アミューズメントパークを出て、近くのファミレスに行きみんなで夕食を食べることにした。
そこでも、藤井君はぶっきらぼうながらも優しくて、私はリラックスして過ごすことができた。
「飲み物、何がいいんだ?」
「アイスティー。藤井君はアイスコーヒー?じゃあ、ミルクとガムシロ持っていくね」
「サンキュ」
私たちの気の置けないやりとりを見て、絹は目を丸くしていた。
「なになに、あんたたち随分親しげじゃないの?」
「えっ、……そうかな」
「息もぴったりだし。二人、すごいお似合いだよ」
ドリンクバーから席に戻るまでの間、絹はそんなことを私にひそひそと耳打ちしてきた。
確かに彼といると心が穏やかに過ごせるし、身構えずに話す事が出来る。
でもそれが恋に直結するのかと言ったら、私には良く分からなかった。
連絡先を交換して、その日は夜遅くなる前に別れた。
「またな!!」
ぶんぶんと手を振る藤井君は、何だか学校で見かけるよりもずっと子供っぽく見えた。無邪気な仕草に思わず吹きだしそうになる。
彼もまた周囲から勝手なイメージを持たれてしまい、それに疲れていたタイプなのかもしれない。
私も同じだ。このルックスのせいで、遊んでるとかエンコーしてるとか散々言われている。
そう言えば、藤井君は今日ちっとも私に対してそんなことを口にしなかった。それがすごく嬉しくて、私はじわじわと口元が緩んでしまった。
いい友達になれそうだな。
明るい予感に弾む様な気持になっていたが、私はそこで愕然とした。
いい友達。
私は彼を全く恋愛対象として見ていないのだ。
藤井君はホントに理想的な男の子だった。ルックスも秀逸だし、頭も良く、所属している剣道部では大活躍。おまけに優しく男気溢れている。
それなのに、どうして。
ぎゅっと拳を握った時に頭をよぎったのはただ一人の人物。
光希だ。
こうやって楽しく出かけた後であっても、真っ先に会いたくなるのは光希なのだ。
あの優しい笑顔を見て、甘く低い声を聞かないと、どうにも落ち着かなくて不安になってしまう。
……こんなんじゃ、ダメだ。
せっかく光希から離れる第一歩を踏み出そうとしていたのに、逆に光希への想いを思い知らされることになるなんて。
未練ったらしい自分が情けない。そしてそんな気持ちを抱えている事に、今日一緒に出かけた皆にも申し訳なくなった。
それでも光希への想いは、そう簡単に消えてくれそうにも無かった。