その恋、記憶にございませんっ!
 




「蘇芳様、あの方は駄目でございます」

 唯のアパート近くの目立たぬ位置に止まっていた車の中から、コンビニから走って帰っていく唯を双眼鏡で見ながら宮本が言う。

「あの方は何故、時間もないのに、朝、朝食を買いに行くのですか。

 しかも、その場で食べて会社に行くのならともかく、持って帰って食べるとか。

 非効率的で考えなしな行動に思えます」

「……コンビニの焼きたてパンと、挽きたての珈琲が飲みたいのかもしれないじゃないか」

 後部座席で蘇方は、組んだ腕をイライラと指で弾きながらそう言った。

 ありましたっけね? コンビニに焼きたてパン、と宮本は呟いている。

「それに、珈琲は挽きたてが必ずしも美味しいわけでは――」

 始まりそうなウンチク話をさえぎると、宮本は、

「唯様のご実家は、かなりの借金を背負ってらっしゃいます。

 それを清算してまで手に入れなければならないほどの方には見えませんが」
といきなり本題に戻った。
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