その恋、記憶にございませんっ!
長い日もさすがに暮れかけていた。
「警察、呼ばれなくてよかったな」
とスペイン料理の店で蘇方が言う。
翔太が店を見て、此処がいいと言ったのだが。
なるほど。
翔太に似合いの派手で華やかな色彩の店だった。
そういえば、なんで通りかかった人たちは誰も警察を呼ぼうという発想にたどり着かなかったんだろうな、と唯も思った。
手すりに縛り付けられている人が居るのに。
我々に緊迫感がなかったからだろうかな、と思っている横で、翔太が、
「美味いな、このパエリア!
シェフを呼んでくれっ」
と魚介の旨味がガツンとしみ込んだパエリアを絶賛している。
……ないな、緊張感。今も、と思っていると、翔太は、
「おい、食べてみたか、蘇芳。
ほら、唯ももっと食べろ」
と意外なことに、全員の皿に取り分けてくれたりする。
こういうときには、まめなんだな。
今更な長所を発見してしまった、と思う。